論理的音楽鑑賞1/バロック・古典派音楽を読み解く 佐久間佳織、玄馬絵美子 著 森本眞由美 監修 ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス 2024年12月10日 初版発行 142頁 |
論理的音楽鑑賞2/ロマン派音楽を読み解く 佐久間佳織、玄馬絵美子 著 森本眞由美 監修 ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス 2024年12月10日 初版発行 142頁 |
論理的音楽鑑賞3/世紀末から20世紀の音楽を読み解く 佐久間佳織、玄馬絵美子 著 森本眞由美 監修 ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス 2024年12月10日 初版発行 142頁 |
かつて、現代書館から翻訳出版されていた「フォー・ビギナーズ・シリーズ」のような体裁。ソフトカバーでカラフルな色づかいの表紙にはイラスト風の似顔絵があって、手ざわりの厚い紙質でできている。ページをめくると図表やイラストが豊富。
全部で3巻からなるシリーズもの。内容見本を出版社サイトとアマゾンの両方で見ることができます。併せて『目次』もアップされています。『目次』は公開されていないものが大半です。
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シリーズで紹介されている作曲家と作品(各巻の表紙裏から)
第1巻
モンテヴェルディ、オペラ《ポッペアの戴冠》
スカルラッティ、《ト短調フーガ「猫のフーガ」》Kk.30(L.499)
ヴィヴァルディ、《ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」作品8より「四季」》
パーセル、オペラ《ディドとエネアス》Z.626
ヘンデル、オラトリオ《メサイア》HWV.56
クープラン、《クラヴサン曲集第3巻14組曲「シテール島の鐘》
パッヘルベル、《三つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーク ニ長調》
バッハ、《主よ、人の望の喜びよ》BWV.147
ベートーヴェン、《交響曲第9番 ニ短調 作品125より第4楽章「歓喜の歌》
ハイドン、《弦楽四重奏曲集77番 ハ長調 作品76-3 Hob.Ⅲ:77「皇帝」より第2楽章》
モーツァルト、《ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331「トルコ行進曲付き」より 第3楽章》
第2巻
シューベルト、《魔王》作品1 D.328
シュトラウス二世、《美しく青きドナウ》作品314
スメタナ、交響詩《我が祖国より第2曲「モルダウ(ブルタヴァ)》
ドヴォルザーク、《八つのユモレスクより第7番》変ト長調 作品101-7 B.187-7
リスト、《パガニーニ大練習曲集 S.141より第3曲 嬰ト短調「ラ・カンパネラ」》
ショパン、《練習曲集より第12番 ハ短調「革命」 作品10-12》
ワーグナー、オペラ《ニーベルングの指環より「ワルキューレの騎行」》WWV.86B
ブラームス、《五つの歌曲より 第4番「子守歌」作品49-4》
ヴェルディ、オペラ《アイーダより 「凱旋行進曲」》
サン=サーンス、組曲《動物の謝肉祭より第13曲》
チャイコフスキー、バレエ《くるみ割り人形》作品71
第3巻
プッチーニ、オペラ《蝶々夫人より「ある晴れた日に」》
ドビュッシー、《ベルガマスク組曲より第3曲「月の光」》
ラヴェル、《ボレロ》M.81
サティ、《ジュ・トゥ・ヴ》
マーラー、《交響曲集第5番 嬰ハ短調より第4楽章「アダージェット」》
ラフマニノフ、《ピアノ協奏曲第2番 ハ短調》作品18
ガーシュイン、《ラプソディー・イン・ブルー》
瀧 廉太郎、《組歌「四季」第1曲「花」》
山田耕筰、《赤とんぼ》
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このシリーズの特徴は、タイトルに使われている「論理的音楽鑑賞」という手法に沿った編集にあります。(個人的には、この名前で損をしているような気がするのですが。堅苦しそうなイメージでは。)
もとは堀越啓さんの著書『論理的美術鑑賞』(翔泳社、2020年)に使われている「芸術作品を誰でも読み解けるようになるためのフレームワークを用いた鑑賞法」なのだそうです。
ここで使われている「フレームワーク」とは、小中学校の授業で配られる書き込み式の「プリント(ワークシート)」みたいなもの。学習参考書のまとめによくある「表(のようなもの)」です。
この「表(のようなもの)」に用いられる観点をすべて統一することで、それぞれの音楽家や出身国、時代による違いが浮き上がって把握できるというのです。3冊とも同じ観点で作表されています。具体的には上記で触れた出版社サイトとアマゾンの両方で公開されている内容見本で確認できます。
なにしろ「(一覧)表」ですから、一目瞭然です。もちろん分量からいえば、解説の文章の方が多くを占めていますが、この「表(のようなもの)」があることで、パッと整理されます。他と比較するとなおさら。
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それぞれの巻末に掲載された「主要参考文献」が詳細です。もちろん重複もありますが、それは一部のみ。
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第1巻に「パッヘルベルのカノン」について、興味深い紹介が出ていました。
第1巻 P.97
以前、テレビで『名曲アルバム+(プラス)』を見て感心しました。それはこの曲のアルゴリズム的な構造を、3D映像で可視化したものでした。これを見れば、三声がどの位置にいて、どのように展開されるかが一目瞭然です。NHKの教育サイト「NHK for School」で動画視聴できます。
残念ながらURLが載っていません。そこでネット検索で調べました。
動画を再生しながらキャプチャーを撮ってみましたが、とても臨場感がでませんでした。これぞ百聞は一見にしかずです。三声が三つのキューブ(ピンク、青、黄緑)で表されています。それぞれのキューブがぴょんぴょん跳びはねながら進行する様子は、見るしかありません。動きと音楽が絶妙に繋がっているのです。〈それはこの曲のアルゴリズム的な構造を、3D映像で可視化したものでした。〉とは、うまいこと言ったものです。ピタゴラスイッチみたい。
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気になる表現がありました。(本文の流れとはまったく関係がありません。)
気になって仕方がないので、抜粋。
第1巻 P.99
子どもたちが小さい頃のバッハ家は「蜂の巣のように賑やか」だったのです。
「蜂の巣のように賑やか」というのは、初めて目にしました。もちろん、これまで聞いたこともありません。「蜂の巣をつついたように賑やか」なら聞いたことがあります。しかし、これでは(バッハ家が)日頃から賑やかだったという意味合いは消えてしまいます。著者のここで言いたかったことは、蜂の巣を棒でつついたら......、という突発的な賑やかさとは違いますので。
うがった見方をするならば、たんに「蜂の巣のよう」では、「蜂の巣のよう」な形状、すなわち例の八角形をしたマス目が無数にあいている様子を指すのかもしれません。いずれにしても、「蜂の巣のように賑やか」という用例は珍しいのではないでしょうか。言葉は変容するものですから、なんとも言いようのありませんが。
そういえば、マシンガンを手にしたギャングのセリフに、「きさまを蜂の巣にしてやるぜ!」などというのがありましたっけ。
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第3巻まで進むにしたがって、文章に疑問がわいてきました。もやもやです。初めのうちは、ちょっとした違和感だったのが、次第に大きなものに変わっていきました。「重箱の隅つつくの助」の登場だけでは始末に負えなくなってきました。きりがありません。
編集の段階で「校正」はおこなわれなかったのでしょうか。読んでいて、ずっと不思議でした。
第2巻 P.13 地図のパリについて
フランス(P.114)
普仏戦争の敗戦で、席巻していたドイツ音楽から解放。フランスの国民音楽が創出される。
ここを読んだとき、一瞬、普仏戦争の戦勝国はフランスかと思ってしまいました。どうしても「席巻」と「解放」が使いたかったのでしょうか。「解放」って、勝利側が執りおこなうものでしょう。たとえば奴隷解放や農地解放のように。(フランスが)負けた側なのに。(買った側の)ドイツ音楽から解放(される)というのも、なんだかな。
すると、第3巻の「席巻」も気になりました。
第3巻 P.23 上段 アメリカの禁酒法時代についての記述のなか
マフィアが密造酒を席巻し、
のところです。「密造酒で闇市場を席巻する」ことはあっても、「密造酒を席巻する」はありません。
このような思い違いは、ちょっと手を入れるだけで済むはずです。
第3巻 P.25 上段
少女たちが踊る低級なバレエがはびこっていました。(2巻目に詳細)
「詳細」ではなく「詳述」でしょうか。「(2巻目に詳細)」は第3巻 P.42 にもあります。
第3巻 P.48 下段「ドビュッシーの死後の翌年」は「死の翌年」でしょう。ほんのちょっとしたところが気になりだすと、きりがありませんでした。
第3巻 P.63
おもしろいことに、前衛的なように見えてドビュッシーから「中世の音楽家」と評されていたくらい、意外にも中世時代の音楽に造詣が深かったことは、サティの特徴です。彼は、近代西洋音楽が確立される前に存在していた、中世グレゴリオ聖歌の研究や、ゴシック芸術の書物を狩猟しました。
昔のコンピュータで外国語から日本語に直訳した文章みたいです。自分でも恥ずかしくて、えらそうなことは言えませんが。手を入れてみました。
おもしろいことに、前衛的なように見えて、意外にも中世の時代の音楽に造詣の深かったことが、サティの特徴です。ドビュッシーは彼のことを「中世の音楽家」と評しました。また、サティは近代西洋音楽が確立される前に存在していた、中世グレゴリオ聖歌の研究や、ゴシック芸術の書物を熱心に掘り起こしました。
まだ第1巻の方が、こうした事例が少ないような気がします。シリーズの3冊を同時に発売するために無理があったのでしょうか。
ネット上での投稿記事と違って、こうした書籍は後の世まで残ります。改訂されない限りいつまでも。こわいなあ。
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