[NO.1641] 一億年のテレスコープ

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一億年のテレスコープ
春暮康一
早川書房
2024年08月20日 印刷
2024年08月25日 発行
423頁

「本の雑誌」で山岸真、大森望の両氏が推薦していたので、期待を込めて通読。書下ろしの国産SFが、ここまで面白く読めたのは久しぶりです。通ぶるほどのSFマニアではないので、えらそうなことは言えませんが。大森望さんの紹介記事にあった作品では、『ディアスポラ』しか読んだことがなかったので、ますますえらそうなことは言えませんが、20年近く前に買ってから4回は再読した『ディアスポラ』に似ているといわれては、(それも大森望さんに)、読まねばなるまい!、でした。

「本の雑誌」紹介の具体的な記事は、「本の雑誌」2024年9月 ひやおろし待ちわび号 No.495 特集:河出書房新社を探検しよう! 山岸真さんがSF新世紀のなかで、

春暮康一の第一長編『一億年のテレスコープ』に大注目!!

と紹介していました。あわせて、もう一方の大森さん紹介記事は、「本の雑誌」2024年10月 麦とろ三度笠号 No.496 特集:国会図書館で調べ物を

P46
新刊めったくたガイド
大森望

 春暮康一『一億年のテレスコープ』(早川書房、2200円)★★★★はド直球おnファーストコンタクト系ハードSF。「遠くを見る」という意味を込めて命名したと父に聞いて以来、天体観測に魅せられた鮎沢望(のぞむ)は、長じて電波天文学を専攻し、彗星を使った太陽系規模のVLBI(超長基線電波干渉計)ネットワークという壮大な観測計画を立案。天文部時代からの親友の千塚新(あらた)、大学で出会った八代縁(ゆかり)と3人で冗談半分に始めたサークルは、彼らの人格がアップロードされ事実上の不死を得たことで現実味を帯びてくる......。
 そこから先はイーガン(『ディアスポラ』+『鰐乗り』+『プランク・ダイヴ』)と劉慈欣(『死神永生』)を合わせて煮詰めたような超高カロリーの異星文明探査ものに飛躍。『法治の獣』に続いてユニークな異星生物が次々に登場する中盤は、アイデアと設定説明の嵐に(文系読者はとくに)胃もたれするが、題名の意味が明らかになる終盤は大いに盛り上がる。

大森さんのいう

『法治の獣』に続いてユニークな異星生物が次々に登場する中盤は、アイデアと設定説明の嵐に(文系読者はとくに)胃もたれ

は、(文系読者ですが)胃もたれしませんでした。それよりも、先に続く

題名の意味が明らかになる終盤は大いに盛り上がる。

にアガリました。いいですねえ、「大いに盛り上がる」ってフレーズ。かつて、上司が乾杯時のあいさつでよく口にしていました。「今日は、おおいに盛りあがって(楽しんで)いきましょう」とかね。初めて聞いたとき、ずいぶん古くさい言い回しをするなと思ったものです。

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本書の目次を見ただけでは、まるで宗教書(の研究書)みたいですが、なかみは純粋なエンタテインメント、SF小説でした。途中、ハラハラなサスペンス場面があったり、意表を突く展開があったり。まあ、最後に「題名の意味があきらかにな」っても、さほどお盛り上がりはしませんでしたが。

書下ろしで、こんなストーリーのSF小説が出版されるところまで日本もきたんだなあ、なんてのが年寄りの感想でした。

 ◆ ◆

2種類の物語が各章ごとに進行していって、最後にひとつに交わるという展開は、たとえば村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』などにありました。なんの説明もなく、まったく異なる物語を読まされるのですから、読者としては戸惑います。それが最後のところで上手に収束されたときには、カタルシスを感じ仕掛け。
ところが、本作ではもうひとつ3つ目の物語が加わります。そしてこの3つ目の物語は、同じ物語が3つ目として継続するのではなく、それぞれが毎回、まったく異なる話であることから、読者は面食らうしかなくなります。
2つの物語が交互に進むだけなら、「ああ、あのパターンね」というように読者に見透かされてしまうところを、この3つ目の物語(何しろ毎回描かれる内容が違うのです)が登場することで、読んでいる身としては混乱するしかなくなります。(それでも読み進めるしかありませんが。)

で、ネタバレといえますが、あえて踏み込むと、それぞれの3つの物語が、最後にはひとつに重なりあって......。まあ、なんとなく途中から、そうなることは予想できちゃいます。ことさら、すれっからしのマニアな読者でなくてもじゃないでしょうか。

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中扉のタイトルが凝っているなあ、というのが感想です。面白い。英字 TELEDCOPE の O が黄色っぽいだけでなく、そこを中心に同色のリングがついています。薄暗い照明の下では見分けがつきません。

カバーイラスト・加藤直之/カバーデザイン・岩郷重力 とあります。

 ◆ ◆

【重箱の隅つつくの助】tutuku.jpg

P49
望遠鏡どうしのあいだの何もない空間まで望遠鏡として扱われているわけで、なんというか、パーマンが手を繋いでいたらスピードが二倍になるのと同じくらいとんでもないことな気がする。
→ いいな、パーマン! これ以前に見たのは、いつのことだったか。

P193
「何も話さないとルァクが心配するし、空気悪くなるだろ。ちょっと気を使ってくれよ」
→ すでに場面は異星人が仲間に加わっていて、ここでやりとりしているのは仮想空間のなか。それでもやっぱり「空気悪くなるだろ。ちょっと気を使ってくれよ」というセリフにぎょっとしました。ここは令和の学食かって。

P351
「地球にいたとき、こんなところまで旅してくるなんて想像してたか? 銀河系円盤をジグザグ蛇行して、張央(バルジ)の周りをひと巡りして、また太陽系のほうまで戻ってきてる」
「正直をいえば銀河一周どころか、ひとつ隣の恒星にさえ行けるとは思ってなかったよ。空想はしたかもしれないけど、本機じゃなかっただろうな」
 三人きりでサークル活動をはじめたころのことを思い出している。(途中略)ポテトフライをつまみながら想像できることには、限度というものがある。
→ ポテトフライを のフレーズに詰まってしまいました。