[NO.1638] わたしは孤独な星のように

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わたしは孤独な星のように
池澤春菜

早川書房
2024年05月10日印刷
2024年05月15日発行
201頁
再読

7編からなる短編集。SF好きなら、それぞれがあの作品やこの作品のテイストだ! とにんまりしてしまいそう。ここで誤解のないように言い添えますが、7作品ともオリジナリティに富んでいます。SFマニアを喜ばせてくれる雰囲気や設定が豊かなだけに、おお、これはどれそれへのオマージュに満ちているぞ! とつぶやかずにはいられないといったことで......。わかってもらえたでしょうか。

まるごと全作に作者の意欲があふれているといいますか、7編の幅広い内容に驚きました。池澤さんにとっての最初の創作集、いいです。

出版社サイトの中、Hayakawa Books & Magazines(β) に、だから本は特別な存在。池澤春菜『わたしは孤独な星のように』作者メッセージ  として本書の紹介があったので、作者の言葉から引用します。

 こうやって見ると、どれもすごく「わたし」ですね。自分の中から汲み上げた、言葉と物語。

どれもすごく「わたし」 なのですね。

これまで、池澤春菜さんの著書は『ぜんぶ本の話』しか、読んでおりませんでした。雑誌SFファンにエッセイを連載していたことすら知らず。そもそも雑誌SFファンの読者でもありません。SFというジャンルは嫌いじゃないのですが。

【初出一覧】
「糸は赤い、糸は白い」ゲンロン 大森望 SF創作講座/再録:『SFのSは、ステキのS+』早川書房、2022年
「祖母の揺籠」『2084年のSF』ハヤカワ文庫JA、2022年
「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」ゲンロン 大森望 SF創作講座/再録:『NOVA 2023年夏号』河出文庫、2023年
「いつか土漠に雨の降る」ゲンロン 大森望 SF創作講座(「あのおとのようにそっと」改題)
「Yours is the Earth and everything that's in it」『WIRED』日本版 2023年5月22日記事
「宇宙の中心でIを叫んだワタシ」ゲンロン 大森望 SF創作講座
「わたしは孤独な星のように」ゲンロン 大森望 SF創作講座

「糸は赤い、糸は白い」は、川名潤さん装丁の表紙みたいなイメージ。尾崎翠『第七官界彷徨』を思い浮かべました。きのことはまた、マニアのにとって垂涎のテーマです。

「祖母の揺籠」は、うって変わってスタニスワフ・レム『ソラリスの陽のもとに』をもっとハードSFにしたみたい。セレブレルなるカプセルを持ちだしたことで、それまでふわふわしていたイメージが、俄然、ハードSFに。内部に人間が入るって、すごい。それで100年以上も生命を保つって。

「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」は、おバカSF。かんべむさしを思い出しました。伝統的なSFギャグ。

後日談のつづき作品が、「宇宙の中心でIを叫んだワタシ」

「いつか土漠に雨の降る」は、なーるほどって終わり方。その後、どうなったでしょう? パターンは、短篇SFにとって王道です。バラード『結晶世界』やカート・ヴォネガット『猫のゆりかご』のイメージかな。

「Yours is the Earth and everything that's in it」は、SFプロトタイピングで書いた一篇だそうで、初出の『WIRED』日本版 サイト内に紹介されています。作品全文も公開されていて、読むことができます。リンク、こちら 

「わたしは孤独な星のように」個人的には、これがいちばん好きな作品でした。未来ものの王道みたいで。コロニーがあるという筒状云々の世界が、今一歩イメージできなくて、隔靴掻痒の感。たとえば、映画『インターステラー』で最後の方に出てくる筒状の世界(生還した主人公がベッドに寝ていて、外では野球の打球が飛んでいくやつです)なのか、あるいはラリー・ニーヴンの『リングワールド』風なのか。もちろんスケールがもっと小さいというのは分かっています。形状がもやっとしていて落ち着きません。

P.185
 わたしが住むコロニー〈オールドイングランド〉は細長い、鉛筆みたいな形をしている。シリンダー型と言われる古いタイプだ。六枚のパネルで構成された筒が二重になっていて、二つの筒が反対方向に回ることによって偏心や歪みを相殺する。パネルは交互に空と陸に割り振られている。空といっても、空に見えるスクリーン状の太陽光パネル。(以下略)

P.197
 わたしたちはコロニーの終端につく。
 目の前に直径約十六キロメートルの採光パネル、コロニーの端がそびえ立っている。巨大な円盤はあまりに大きくて、あまりに当たり前に存在していて、それを頭がなかなか認識しない。見上げると、円盤の対岸は空気のレイヤーにさえぎられ、遠く霞んでいる。たぶん、わたしが一生で見る中で一番大きなものだ。

 ◆ ◆

【ゲンロン 大森望 SF創作講座】について
巻末の初出一覧に書かれていたので検索してみると、びっくり。存じませんでした。

超・SF作家育成サイト
ゲンロン 大森望SF創作講座 第8期

として、現在も継続しています。リンク、こちら 

で、これも驚いたのが、本書掲載作品の「わたしは孤独な星のように」などが無料で読めてしまうこと。ちなみに池澤春菜名義ではなく、ペンネーム柿村イサナです。初出がゲンロンの作品は読めました。たとえば、《 あのおとのようにそっと ゲンロン 》で検索すると、「あのおとのようにそっと(改題:銀の滴降る降る砂漠に)柿村イサナ」という具合にヒットしました。

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【独特のオノマトペ】

P.171
やっぱりバッグをクロークに預けるべきか、と思案している中に、スコーニアンがぬるっと近づいてきた。

ほかにもいろいろありましたが、ぬるっと近づいてきた のは新鮮でした。

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いつもの蛇足、【重箱の隅つつくの助】

P.010
「従業員たちは言葉も交わさず、目線も合わさず、まるで繰り返し練習した振り付けのように完璧に連携していた。(以下略)

ここは 目線 ではなく、視線 を使ってほしかったなあ。古くさいかもしれないけれど。せっかくの 視線 (という言葉)が滅んでしまいかねない。