[NO.1631] 成瀬は天下を取りにいく

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成瀬は天下を取りにいく
宮島未奈
新潮社
2023年03月15日 発行
2023年11月30日 9刷
201頁

【検定成瀬】
問1 次の各文の赤色の漢字の読みがなを答えなさい。

(1) きのうの顛末について「まさか話しかけられるとは思わなかったね」と話したあと、わたしが極力軽い調子で「また行く?」と尋ねると、二人は「もういいかな」と笑った。(P.24)

(2) おそらく成瀬は誰からもめられずに最終日まで遂行するのだろう。(P.25)

(3) 栗山は精悍な顔立ちで、サッカー部の杉本くんに似ていた。(P.26)

(4) 成瀬はしげな表情を浮かべて腕を組む。(P.50)

(5) 演じているうちに、わたしは成瀬を俯瞰で見ているような気持ちになった。(P.72)

問2 次の文の内容を損なわずに を別の漢字一字で置き換えなさい。(答えは本文中にありません。自分で考えましょう。)

ぐるりんワイドは滋賀県唯一の県ローカル局、びわテレで十七時五十五分から十八時四十五分まで放送している番組だ。(P.8)


【きっかけ】
少し前、本の雑誌編集長の浜本茂さんのお話を聞く機会がありました。そこで熱心に勧めていたのが本書でした。本屋大賞実行委員会の理事長だからというよりも、本書に惚れているといった印象です。

浜本さんは成瀬あかりのキャラクターについて、熱く語っていました。また、本作はドラマ化や映画化されるでしょうから、今のうちですよ、読んでから見るか 見てから読むかと会場を笑わせていました。

【対象読者層は?】
中学生までの語彙で小説を書くとした井上ひさしを思い浮かべました。対して本作は難読漢字がごろごろ。人名、地名の固有名詞は別として、冒頭の1ページだけで3つもフリガナがついています。検定問題は常用漢字表を超えてません?

P.6
・成瀬は他の園児と一線を画(かく)していた。
・誰もが「あかりちゃんはすごい」と持て囃(はや)した。
・本人はそれを鼻にかけることなく飄々(ひょうひょう)としていた。

【読点がない文、心地よりリズム】
文章のリズムが心地よく、読んでいて難読漢字もあまり気になりません。とくに「ありがとう西武大津店」と「膳所(ぜぜ)から来ました」二作における文章のリズムは出色です。

まるで漱石『坊っちゃん』の冒頭です。文章にはいわゆる読点「、」のない文がつづき、リズムを生んでいます。

P.6から
・いつだって成瀬は変だ。
・十四年にわたる成瀬あかり史の大部分を間近で見てきたわたしが言うのだから間違いない。
・わたしは成瀬と同じマンションに住んでいることが誇らしかった。

ところが稲枝敬太が主人公の短篇作品「階段は走らない」になると、これがぐっと違ってきます。成瀬あかりの脳内は、読点が少なく、あんなリズムで意識が流れているのでしょう。

【成瀬あかりのキャラクター】
成瀬あかりの話し方は古武士のものです。ルパン三世の石川五ェ門みたい。いえ、あんなに軟弱じゃない。成瀬の方が硬派に見えます。むしろアンドロイドみたい。一読、まるで漫画。ふざけているとしか思えません。

気になったのが次のところ。

P.70
「5082は2×3×7×11×11だな」
 成瀬はなぜかわたしたちのエントリー番号の5082を割り算していた。
「何それ」
「大きい数を見ると素因数分解したくなるんだ」

ヨーロッパの某数学者が入院したとき、見舞いに来た友人の手にあった切符を見ると、そこに刷られた数字をたちどころに素因数分解したというエピソードを思い出しました。「大きい数字を見ると素因数分解したくなるんだ」、そういう人って、本当にいるみたいです。


【目次】
ありがとう西武大津店
膳所から来ました
階段は走らない
線がつながる
レッツゴーミシガン
ときめき江州音頭

【初出】
「ありがとう西武大津店」(『小説新潮』2021年5月号)
 第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞・読者賞・友近賞受賞作
「階段は走らない」(『小説新潮』2022年5月号)
ほかは書き下ろしです。
なお、単行本化にあたり加筆・修正を施しています。