不思議な時計/本の小説 北村薫 新潮社 2024年03月25日 発行 283頁 |
初出
〈波〉
2022年07月号、08月号、10月号、11・12月号
2023年03月号、05月号、07月号、09・10月号
2024年01月号、02月号、03月号
★これは小説なのか?
「版元ドットコム」サイト 本書の紹介には
第51回泉鏡花文学賞受賞の『水 本の小説』に続く著者独自の連作小説。記憶の森を探り行き、本との出会いを綴る。深まる謎を追い、魅惑の創作世界へ――映画、詩歌、演劇、父との思い出。萩原朔太郎『猫町』とジャン・コクトー、江戸川乱歩「パノラマ島奇談」と美術館のパノラマ。塚本邦雄生誕百年、シェークスピア劇での松たか子、大竹しのぶの慧眼......はるかな異界へ連れ出される9篇。
とあります。「著者独自の連作小説」だそうです。
あまり新刊書を読むことがないなかで、例外なのが北村薫さんの本にまつわるシリーズです。本書にも副題として「本の小説」と、わざわざ銘打っています。もっとも北村さんの意図するところは「本」よりも「小説」の方に比重がありそう。そもそも、漱石『吾輩は猫である』が例として、小説というジャンルが何を書いてもかまわないと言われてきました。ですから、この『不思議な時計 本の小説』が随筆ではなく、私小説であるといえなくもない。そーか、そーか。ついに北村薫さんも私小説を書くようになったのか、と感慨にふけることだって自由でしょう。まるで連想ゲームのように記憶の底から引っ張り出されてくる思い出の数々は、どれもが魅力的です。書いているご本人が楽しそう。読んでいるこちらも楽しくなってきました。
『不思議な時計』の中、かつてお父さんが慶応で教わった折口信夫、西脇順三郎の授業について出てきます。なんだか高校で教えていた北村先生の授業を思い浮かべてしまいました。教え子だという片桐仁がうらやましい。
P81~ ファスト映画の問題から「授業」に話題が移ります。授業で教わることの醍醐味とはなにか。「先生には先生ごとの流儀がある。それを味わうのが教わることの醍醐味でしょう。」
内田樹さんの教育論と通じ合うところがありそうです。
◆ ◆
ところどころに出てくる蔵書自慢や古書店、神保町の自慢は、何でしょうね。まるでいたずらをしたときの子どもの目が透けて見えます。
P135
いいでしょう。神保町では、こんな本も買えます。
興味のない人にとっては、どうでもいい話としか。
◆ ◆
★山本夏彦に似てきたぞ
P28
かつて『愛は勝つ』という歌がヒットした時、そんなわけないだろう――と真顔でいう人がいて首をかしげたものです。それは誰でも知っていることです。いうまでもない。その前提があるからこそ、歌うわけです。
淀川長治は、わたしは嫌いな人に会ったことがない――といいました。ところが、いや、淀川さんは誰々が嫌いだった、という人がいてあきれたものです。人間なら、嫌いな人がいるのは当たり前。それもまた、いうまでもないことです。だからこそこの言葉があるのですね。そんなことは分かりきっています。
いうまでもない、当たり前、誰もが知っている、そんなことは分かりきっている。それが通じないとは、何たることか! 山本夏彦さんに似てませんか?
◆ ◆
★途中で終わっているから傑作だ
説明されなければ、それは大きな広がりを持つということ
『桂文珍の演芸図鑑』というテレビ番組に、清水ミチコがゲストで出た時のエピソード
P40
清水が『夢で逢えたら』という番組に出ていた時のことになります。《そうしたら、久しぶりに永六輔さんから、お葉書をいいたんですけれど》、『夢で逢えたら』見たけれど。
《で終わっていて、すごい気になる》。文珍は手を拍(う)ち、足を鳴らして大喜び。
《らしいですよね》。後は、自分で答えを出しなさい――というわけです。これは心に残る。長く、考えることになります。
◆ ◆
●『探偵小説三十年(四十年)』江戸川乱歩
●『雑文集 ネクタイの幅』永井龍男、講談社
「心の用意 庄野潤三について」
●『時さえ忘れて』虫明亜呂無、ちくま文庫
●『にょにょにょっ記』穂村弘、フジモトマサル、文春文庫
P60
言葉とは不思議な道具で、萩原朔太郎が持てばその人の、塚本(邦彦のこと)の手にある時は塚本の、不思議な働きをする。
●『座右の本』原田かずこによる、七十人からの聞き書き、宝島社新書
P82
●『私の文章修行』週刊朝日編、朝日選書
P84
●『エッセイの贈りもの1 『図書』1938―1998』岩波書店編集部編、岩波書店
P93
NHK『最後の講義「俳優 柄本明」』
得るところの多い放送でした。と北村薫さんは書きます。
難解さで知られるサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』
《ちんぷんかんぷんで分からない》
しかし、柄本には、分からないものを《分からない》といえる大きさがありました。
→うまい表現の仕方です。柄本には......大きさがありました。
劇の最後で、二人の登場人物、ウラジミールとエストラゴンが木を挟んで、さよなら、さよなら、こんにちは――という。
泣けたね。分からないけど泣けたね。何だろうね。全然分からない。
この後、柄本は《生きてるってことは、待ってるってことなのか......》という、意味を求める者には、解と思えるようなひと言をつぶやきます。しかし、それに続けて、こういうのです。
何でこんな、分からなくちゃいけない世の中になったのかね。
ここでぷつんと文章は終わります。ファスト映画から、授業に求めるもの(北村さんはそう書いていませんが、コスパを求める風潮ってことでしょう)、と続けてきて、ここにつながりました。
何でこんな、分からなくちゃいけない世の中になったのかね。
けっして、北村さんは自分もそう思うなどとは書きません。本書は論文や意見文ではなく、「小説」なのですから。
まるでコラージュですね。頻出する乱歩でいえば、『貼雑年譜』でしょう。
◆ ◆
P110
写真集『のすたるぢや』の書名が、いきなり飛び出してきておどろきました。この題名には覚えがあります。[ NO.632 ] 萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや です。『不思議な時計』の書名にもつながってきます。
P118~
三好達治の詩「雪」の話は、なんだかな、でした。美大入試のはなしと、齋藤孝さんのいう子どもが太郎次郎を犬のことだと答える話も。
◆ ◆
朔太郎の詩で興味深かった指摘が、西脇順三郎と山本健吉は声に出して笑いながら読んだというくだりです。あまりに意外なことだったので、(朔太郎の詩を笑いながら声に出して読むのですよ!)、その光景を想像できず、あっけにとられてしまいました。本当の話なのですよ。きちんと出典が明示されています。
P124
「西脇順三郎が、若き日、イギリスに留学した時、ただ一冊持って行った日本の詩集」が 『月に吠える』なのだという。ロンドンで繰り返し『月に吠える』を読んだのですが、そのとき、笑いながらだったのだそうです。
山本健吉が「朔太郎・順三郎・ウィット」という文章の中に書いているといいます。
北村薫さんは P126「笑った――というのは、最大級の評価なのですね。『月に吠える』について、何より西脇順三郎について、多くを教えてくれる文章です。」と続けていいます。
さらに付け加えれば、山本健吉もまた、《朗誦しながら私はしばしば声を出して笑った》のだそうです。
北村薫さんの指摘は面白い。
山本健吉の文章「朔太郎・順三郎・ウィット」からの抜粋
P126
朔太郎の詩を少しも生真面目、深刻に受け取らず、おかしくておかしくてしようがないという読み方をしたこと。誰も西脇氏のように、朔太郎の詩を読まなかった。すでに朔太郎論や朔太郎研究はうずたかく積み上げられているが、私が読んだかぎりその大方は朔太郎の詩をいよいよ重苦しく深刻に突っつきまわしているようなのが多く、詩を読む面白さから遠い。
→詩を読む面白さから遠くないのは、声に出して笑いながら読むこと。
◆ ◆
岩波ホールをめぐる、父とのエピソードは心に残りました。
『オール・ザット・キングズメン』=『すべて王の臣』
P152
「あの、ボディガード役の小男がいいな」と父が言うシュガー・ボーイの話もですが、もっと深かったのが二度と行かなくなる店の話です。
P156
思い出すのは、岩波ビルの地下にあった洋食の店です。埼玉から出て来ると、お腹が空く。ここで食べて、映画に行くといいよ。
それが便利だから、と私は教えました。父は、その通りにし、何度か同じ定食を頼んだ。すると、お店のお姉さんが顔を覚えた。お愛想のつもりの、全くのご厚意から、
「こちらが、お好きなんですね」
と、にっこり笑った。
帰ってきた父は、わたしに、
「もう、あそこには行かない」
親子だなあ――と思います。わたしには、その気持ちがよく分かる。
わたしも、隣の市のデパートで、何度か牡丹餅を買ったことがあります。すると、何回目かの時、
「お好きなんですね」
と言われた。父ほどではありませんから、笑みを返しました。しかし、そこには二度と行きませんでした。
どうして――といわれても、嫌なものは嫌なのだから仕方ありません。
無論、平気な場合もありますが、時にわたしの内に、父が降りてきます。
いいなあ、この「時にわたしの内に、父が降りてきます」のくだり。この地方の方言でいうところの「いんごっぱち」ですね。
◆ ◆
P164
朔太郎『猫町』にまつわる話、面白し
北村薫さん自身が自転車で出かけたときに体験した記憶、反対から見た風景が別のものと勘違いした経験
そこから『猫町』のモチーフは、親交のあった堀辰雄から朔太郎が聞いたのではなかったか、と推測するあたりのスリリングな展開。『空飛ぶ馬』から変わらない面白さ。
堀辰雄が原書で読んでいたジャン・コクトー『大胯びらき』の中の一節が、ほぼ『猫町』の大筋に近い。
P234
澁澤訳ではなく、ここでは、より入手しにくい山川篤訳の『グラン・テカール』の方を引いてみましょう。
散歩をしている時、道を間違えたんではないかと思うほど、往きと復りとで、道の様子の違うことがある。日頃住んでいる村でも、丘の上からふと見ると、別の村に見えることがある。ジャックは、エストラパド街に出現したジェルメーヌを、これが自分の愛人だつたのかといぶかしく思つたし、そうなると、部屋も自分の部屋ではないかのような気がして来るのだつた。松浦さんが身を乗り出し、
「『猫町』じゃないですか」
そうなのです。(以下略)
P236
堀辰雄は、コクトーの『大胯びらき』――『グラン・テカール』を、大正の頃から、原書で熟読していました。『猫町』が書かれるより、ずっと前です。堀は朔太郎を敬愛し、やり取りしていたのですから、この部分、この感性について、話していた可能性は大いにあります。
◆ ◆
P228
トークは、第五十一回朔太郎忌イベントの第一部。対談の形で、松浦寿輝さんと登壇するという豪華版です。
対談は午後からですが、時計について知りたいので、午前中からうかがいました。
P240
しづかにきしれ四輪馬車、
ほのかに海はあかるみて、
麦は遠きにながれたり、
しづかにきしれ四輪馬車。
光る魚鳥の天景を、
また窓青き建築を、
しづかにきしれ四輪馬車。萩原朔太郎/『月に吠える』「天景」
P247
神保町の古書店を半世紀以上巡っていると、様々な本に巡り合います。中央公論社から出た坪内逍遙訳の『新修シェークスピヤ全集』は、我々の世代なら中学校高校の図書館で普通に出会っています。あって当たり前の本でした。しかし、その特別付録『沙翁復興』には、なかなかお目にかかれない。
わたしはこれを神保町で、十冊勝っています。(以下略)
→絶対に、最後の「わたしはこれを神保町で、十冊買っています」はドヤ顔でしょう。
このあとに、つづいて紹介されるエピソード、松たか子、大竹しのぶの解釈のところは、わくわくしました。
◆ ◆
P274
2016年前橋文学舘
「パノラマ ジオラマ グロテスク 江戸川乱歩と萩原朔太郎」展図録
埼玉県立久喜図書館と埼玉文学館
P277
その図録が、今、見られるのです。県立図書館に行って借りてきました。
開いて、まず冒頭のカラー写真に唸りました。
乱歩の蔵を舞台に、幻影城の主と朔太郎の――いわば両雄会見の場面を、二人の孫、平井憲太郎と萩原朔美が、時を超え、再現しているのです。蔵に並ぶ本の山の前で、二人の服装はといえば《小山市協力(本場結城紬提供)》となっています。乱歩の回想に《萩原氏はその時濃紺の結城紬の羽織を着ていた》とあるから――なのですね。
アーツ前橋の写真展で見た再現への熱情が、ここにあります。この凝り方は、並大抵のものではありません。(途中略)
P278
カラーページには乱歩遺品の手品道具が色鮮やかに並び、その下に朔太郎遺品のトランプの画像があります。(以下略)
p278
朔美、憲太郎孫二人の対談は『前橋文学館報』に採録され、インターネット上で公開されている
→見つけました。前橋文学館報 NO.44 2018.3
◆ ◆
P283
萩原家の人々がネジを巻き、幼い朔太郎が聴いていた、精工舎の《宮さん時計》
◆ ◆
P200
世田谷文学館、田端文士村記念館と、萩原朔太郎につてのトークを聞く機会が重なりました。
P201
アーツ前橋 写真展 企画展
《朔太郎が切り取った風景を求めて》
朔太郎の撮った場所を、朔美が同じ画角でとらえる。
●『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』新潮社
●『とっておきのもの とっておきの話』YANASE LIFE編集室編、藝神出版社 3冊シリーズ
萩原朔太郎 → 葉子 《宮さん時計》
トランプBee 奥野かるた店
P216
銀座ミツバチプロジェクト
紙パルプ会館10F
セイコーミュージアム銀座
角形置時計 明治35年~大正12年製造された
精工舎
宮さん宮さん
→ 音声資料があるというのですが、ネット検索からは、見つけられませんでした。
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