中野のお父さんの快刀乱麻 北村薫 文藝春秋 2021年11月10日 第1刷発行 313頁 |
再読です。
先日、この「中野のお父さんシリーズ」の最新刊『中野のお父さんと五つの謎』を読みました。そのときに、たまたまこの自サイトを検索していて、ひとつ前に読んだはずの『中野のお父さんの快刀乱麻』について、読書録を残していなかったことに気がつきました。びっくりです。
当然のことながら、3年も前に読んだはず、『中野のお父さんの快刀乱麻』の中身は、すっかり忘れています。白状すると、読んでなかったのかもしれないと(一度は)考えたほどでした。
続けてシリーズものを(それも前後を逆に)読むと、なんだか余計にこんがらがってしまいました。笑うしかありません。この2冊の登場人物は、ほとんどかわりません。時間の経過が当然違っていますが、なにしろ逆の順番で読んだものだから、それを頭の中で調整するのが、老化した身に(頭に)とっては大変でした。
巻末から 初出一覧 「オール讀物」 大岡昇平の真相告白 2019年9・10月号 古今亭志ん生の天衣無縫 2019年11月号 小津安二郎の義理人情 2020年6月号 瀬戸川猛資の空中庭園 2020年11月号 菊池寛の将棋小説 2021年2月号 古今亭志ん朝の一期一会 2021年3・4月号 |
読み進むにしたがって、ストーリーが記憶の底からよみがえってきました。忘れてはいなかったことに、やや安心です。
6編の短編は、どれもが面白く読めました。甲乙付け難し。最初の「大岡昇平の真相告白」のなかに太宰治と松本清張(と大岡昇平)が、ともに明治42年生まれであることがでてきます。ここで、さらに付け足すと、まだまだ有名な作家がいたりします。たとえば中島敦。さらに長谷川四郎、花田清輝、埴谷雄高も同年生まれです。
種明かしをすると、こんなページがウィキには用意されています。
青地晨
飯沢匡
市川團十郎 (11代目)
井上究一郎
ウ・タント
シモーヌ・ヴェイユ
上原謙
大岡昇平
エリア・カザン
古関裕而
小堀杏奴
小森和子
斎藤史
坂村真民
佐分利信
太宰治
田中絹代
辻野久憲
津村信夫
出羽ノ花國市
土門拳
中里恒子
中村勘三郎(17代目)
中村武志
二階堂進
野田宇太郎
長谷川四郎
花田清輝
埴谷雄高
檜山廣
レオ・フェンダー
富士川英郎
ボニーとクライド
マキノ光男
益田喜噸
松本清張
水原茂
山中貞雄
横山隆一
淀川長治
実際にページを開けば分かりますが、これの数倍の人名がウィキサイトには載っています。作家を中心に気になった名前を抜き出してみたのが、これです。
ギブソンと並んで有名なエレキギターメーカーのフェンダーギター創業者とロッキード事件で有名な丸紅会長の檜山廣の名が並んでいると、なんだか不思議な気分になります。その上には埴谷雄高だし、下はボニーとクライド。淀川長治までが同い年です。きりがありません。シュールだなあ。でも、ですね。似ているのですよ。小説のなかで、中野のお父さんの口から飛び出す人名の振り幅って、こんな感じがしませんか? 娘さんからすれば、見当もつかなくて、何の脈絡もない感じがするだろうし。きっとこのウィキ人名の羅列を見せられているような気分じゃないかな。
説明を聞いてしまうと、なあるほど! となりますが。
◆ ◆
本書の表紙内側に書いてあるのが、次の言葉です。
本との出会いは一期一会。
父は、厚い文庫本を魔法使いのような手際で取り出す。
「何で、こんなものまで持ってるの」
「本というのは、いつか何かの役に立つだろう――と思って、ふと買うんだ」
ほら、ここに書いてある――
そうなんですよ。よくわかります。
以前、ヨットの図解入り解説書を持っていました。専門書でもなく、お手軽すぎもせず、とても有用な(であると自分には思えた)本でした。たとえばアーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』『海へ出るつもりじゃなかった』などを読んでいると、これがじつに役立つ気がしてくるのです。あるいは山と渓谷社から出ていた尾根歩きの解説書は、夢枕獏の山岳小説を読むときに持っていると、きっと作品世界の奥行きが増すであろうなどと買ったのかもしれません。悲しいかな、家族からは理解されずに疎まれただけのようでしたが。
何が言いたいかというと、こちらはたまる本の置き場がないことに困っているということです。古本がネットで手軽に買えるようになってから、全体に安く手に入るようになりました。けれど、置き場については、まったく解決していません。どんなに時代が進んでも、です。
中野区の地価を考えるに、とても広い書庫は想像できません。いくら親の代からの持ち家だとしてもです。あのバブルの時代をくぐり抜けてきたのです。特段の収入がある売れっ子作家とは違って、教員の給料では維持できそうにありません。宮代町あたりとはレベルが違わないでしょうか。
◆ ◆
ここに出てくる数々のエピソード、ネタ帳めいたものがあるのではないでしょうか。いまだに古いワープロ専用機を愛用の北村さんですから、エクセルでデータ処理なんてことはないでしょうし、かといって京大方式のカードで分類も似合いそうにありません。小林信彦さんみたいに、ノートへ書きためているのではないでしょうか。想像すると、楽しそうです。
数々のエピソードが面白く感じられない人にとっては、本書はつまらないでしょうね。でも、一定数のコアなファンは手堅いような気がします。
コメント