[NO.1610] 喫茶店文学傑作選

kissa_a.jpg kissa_b.jpg

喫茶店文学傑作選/中公文庫
林哲夫
中央公論新社
2023年09月25日 初版発行
286頁

眠る前、しばしのあいだ、アガサ・クリスティ短編集と並行してこのアンソロジーを読むのが習慣になりました。長篇だと区切りをつけるのが難しく、つい夜更かしをしてしまいます。

本書はあの林哲夫さんが編んでいるのですから、こんなに安心して読めるアンソロジーは、またとないでしょう。テーマが「喫茶店」で、書名が「喫茶店文学傑作選」とくれば、申し分ありません。もちろん都内だけでなく、京都市内からも選出されています。やっぱりセンスですね。

巻末、「編者解説」では、一編ずつ数行の「解説」があり、これだけでも資料価値とともに、林哲夫さんの文章を読む楽しみが味わえます。書誌としての価値からいえば、それぞれが初出の説明からはじまる体裁をとっていて、それが掲載順になっています。

常盤新平さんの「壹眞(かずま)」が長いのに驚きました。こんな機会でもないと読まなかったでしょう。アンソロジーのいいところです。

村山槐多「日記」は、編者解説を読んで、はっとしました。掲載された他のものとくらべ、稚拙とも思える日記です。正月元旦から、毎晩友人と飲み歩いているのです。そして翌二月、スペイン風邪の第二波に襲われて亡くなってしまいました。二十三歳五ヶ月。谷口ジロー「「坊っちゃん」の時代」シリーズの『第三部 かの蒼空に』で描かれた、「明るく無責任で享楽的」な啄木が闊歩しているようなイメージでした。二人ともそれからすぐ夭折してしまいます。

(大正八年)抜粋
P40
一月三日
午前散歩お松っちゃん山崎にキャラメルをやる。
内藤氏来る午食をやはた館にとりて遂に酔を発し夕刻に至る。
おさはちゃんの茶店にたこを上げたるに空中はるかとびさりけり。夜は雑談の内に終り内藤氏泊す。

一月四日
朝、たこ羽子板に時をついやす。
午食後再び羽根、トランプ等をなす。
夕食後ことぶき亭に至れどさちよさん居ず、即ち座をお染ちゃんのカフェに移し杉村の神田に使するを待ち九時半同店を発して京王電車にて府中に至る。

あらためて、本書のタイトルを確認しました。エッセイではありません。文学でした。『喫茶店文学傑作選』の「喫茶店文学」なる名称は造語でしょうか。

【目次】
野分(抄)/夏目漱石 9
カフェ・プランタン/森茉莉 20
散歩/水野仙子 23
カフェーの話/谷崎精二 34
日記/村山槐多 39
アップルパイ、ワン‼/中戸川吉二 43
漆絵の扇/浅見淵 50
丸善からはじまった随想/北園克衛 66
東京に喫茶店が二百軒しかなかったころ/植草甚一 73
冷熱の喫茶店/戸川秋骨 87
銀座周辺/田村泰次郎 93
思い出す牧野信一/中原中也 113
西郷さん/小山清 118
本郷・落第横町/安田武 132
戦前戦後、私の銀座/澁澤龍彦 136
「夜の会」のこと/埴谷雄高 141
東京の喫茶店/戸川エマ 153
喫茶店・ラドリオ/伊達得夫 163
新宿=風月堂/山崎朋子 167
昔はひとりで....../野呂邦暢 180
絵を洗う/洲之内徹 184
ざんげの値打ちもない 1970/高平哲郎 198
都はるみが露出してきた/平岡正明 209
大阪の道すじ/小野十三郎 224
壹眞(かずま)/常盤新平 243
西瓜/吉村昭 258
実録、ある日の27分間/鷹野隆大 266
街の片隅で/山田稔 268
編者解説 273