[NO.1603] 天体観測に魅せられた人たち

THE_LAST_STARGAZERS_a.jpg THE_LAST_STARGAZERS_b.jpg

天体観測に魅せられた人たち
エミリー・レヴェック
川添節子
原書房
2021年03月14日 第1刷
322頁

ご多分にもれず、趣味で天体観測に魅せられた人たちのことを集めたものかと思いました。内容は、プロフェッショナルな天文学者たちについてでした。

とにかく豊富なエピソードには事欠きません。きっとデータベースに整理してありそうです。それを絶妙なタイミングで手際よく紹介してみせてくれるたのが本書です。

実際に会っただけでなく、電話やソーシャル・メディアで答えてくれたとあとがきにありました。膨大なエピソードが本書の魅力です。あらゆる角度からのビックリするような話が繰り出されます。アメイジングでアンビリーバボーな話がてんこ盛りって、これじゃまるでTV番組の驚き動画特集みたいです。

以前、ある日本人の天文学者の言葉として、望遠鏡をのぞくことは好きじゃないといったことを聞いたことがあります。びっくりしました。天文学者はみんながみんな、子どものころから望遠鏡をのぞくのが好きだとばかり思っていましたから。その学者さんによれば、数学を使ったりする理論を追求する分野では、観測とは密接な関係はないのだそうです。

本書のタイトルが、ここで生きてきます。『天体観測に魅せられた人たち』です。それもアマチュアではありません。プロフェッショナルな天文学者から寄せられた、魅力的なエピソードばかり。これはもう、面白くないわけがありません。13章に本書のテーマが短くまとめられていました。

P308
 私は望遠鏡のもとで働く人々の物語が書きたかった。

著者も天文学者のひとりですが、思った以上に文章がうまいのです。人の気持ちをつかんで話をすることに長けているのでしょう。和やかなムードで進行する講演や講義が思い浮かびます。

訳者あとがきに「ぜひご覧いただきたい動画」として著者の講演がネット上に公開されています。

「訳者あとがき」から
P319
 ぜひご覧いただきたい動画がある。2020年2月、著者が「現代天文学の歴史」と題して、TEDで行ったプレゼンテーション (https://www.ted.com/talks/emily_levesque_a_stellar_history_of_modern_astronomy?language=hihttps://www.ted.com/talks/emily_levesque_a_stellar_history_of_modern_astronomy?language=hi) だ。

emily levesque で(動画)検索すると、ネット上に見つかります。リンク、こちら 

emily_levesque.jpg

 ◆ ◆

2002年MITに入学した著者は、それまで身近に天文学者もいなかったので、プロの天体観測者たちがどのように仕事をしているのか、見たことがありませんでした。大学2年目の秋、初めて観測天文学のクラスを受講しました。

P34
 たった一夜の観測で私は夢中になった。すべてが気に入った。(途中略)
 忘れられない思い出がある。冷え込みの厳しい十一月のある夜、十代の代謝のよさをいいことに、リーセスのピーナッツバターカップを次々にほおばりながら、ファインダーをのぞいていると、隕石が落ちるのが映ったのだ。私が望遠鏡で切り取っているのは、空のほんの一部でしかない。接眼レンズをのぞいていたその瞬間に星が流れる確率はゼロに近いだろう。叫び声をあげた記憶も、何か言った記憶も、動いた記憶もない。ただ梯子に立ちつくし、望遠鏡を通して自分が見たものをかみしめた。
 私は思った。これはいい仕事だ。

次は、飛行機の中から観測する様子を紹介するところです。

P184
 空中天文台のことはジムのクラスではじめて聞いたが、それがどういう世界なのか、私はよくわかっていなかった。飛行機の開いた扉から望遠鏡で観測すると聞いたときには、当時私が望遠鏡について知っていたこと(庭にあった父の小さなセレストロン)と飛行機について知っていたこと(国内旅行で二回飛行機に乗った経験と、ケーブルテレビで何回か見た「エアフォース・ワン」で知ったこと)を単純に組み合わせた。それで思い浮かんだのは、体を丸めたジムとほかの天文学者が、激しい風を受けて歯をむき出しながら、飛行機の後部の開いた扉から突きでた望遠鏡を苦労して操縦している図だった(何かにつかまりながらか、どこかに結わえられていると思っていた)。実際には、カイパーもSOFIAも、気圧が保たれた乗客用のスペースとは別の格納室に望遠鏡を設置している。観測飛行には関係者が乗り込み、空気が供給されている機内でさまざまな機器に目を光らせて操作するが、走る車の窓から顔を出して喜ぶ犬のように、望遠鏡の開いた扉から外をのぞいたりする人はいない。私はちょっとだけがっかりした。

もちろん、著者の書く文章はジョークまじりで楽しませてくれるだけではありません。説明する手際のよさには感心します。たとえば、天体観測気球について。

天体観測に使われる気球は、最大で高さ137メートルのものがあるくらい巨大だそうです。それをどのように離陸させるのか。

P193
 気球――フットボールの競技場より長いが、ビニール袋ほどの薄さでできている――は地面の防水シートに広げられる。気球の下にはパラシュートのパックが、さらにその下にペイロードがつながれる。ペイロードはクレーン車に吊り下げられて大きなフックで固定され、放球を待つ。気球が広げられると、上部五分の一くらいにヘリウムが注入される。気球には残りの部分にヘリウムが入らないようにカラーがセットされている。気球は取りあえず、スプールと呼ばれる装置で地面に留め置かれる。

このあと、離陸とその後の説明が続きます。文学的な描写はなく、淡々と事実のみを紹介する、リポートのようです。

もっとも、まるで門外漢な読者にとっては、ついていかれないところが、ないわけではありません。

ペイロードって何でしょう? カラーって? なんとなく予想しながら読み進めは、しました。けれども、ちょっとした(注)があっても、よかった気がします。ちなみに、本書には(注)がありません。そういう方針だったのでしょう。

 ◆ ◆

現代の天文観測では、観測者は望遠鏡から離れた場所にいて、インターネットで接続されたコンピュータの画面を前にしているのだといいます。昔の古いイメージは通用しません。

P13
 私が本を読んで想像した天文学者――フリースにくるまり、寒い山の上で巨大な望遠鏡のうしろに越をおろし、接眼レンズをのぞいて天空を回る星を観察する――は、すでに絶滅危惧種となり、新しい種に進化していた。(以下略)

別の本(写真集)のなかに、そのイメージどおりの姿を見つけました。(P204)「ウィルソン山天文台の2.5mフッカー望遠鏡で観測中のハッブル」です。

HUBBLE.jpg
写真集『ハッブル宇宙望遠鏡 探究と発見のまなざし EYES OF HUBBLE』
渡部潤一 監修
岡本典明 執筆
出版社 クレヴィス
2020年11月27日 第1刷発行