[NO.1581] プロジェクト・ヘイル・メアリー 上下

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プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
アンディ・ウイアー
小野田和子 訳
早川書房
2021年12月25日 初版発行
2022年05月15日 7版発行
323頁
プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
アンディ・ウィアー
小野田和子 訳
早川書房
2021年12月20日 初版印刷
2021年12月25日 初版発行
315頁

小賢しく進化を遂げたSFとは違い、エンタテインメントとしての王道をいくSF宇宙ものでした。AIとの掛け合いとか異星人出現(これだけでもネタバレものですか?)とか......。地球を救うヒーローものでもあるし。上下2冊を十分楽しめました

個人的な事情を公開すると、最後まで一気読みとはいきませんでした。途中で何回か息切れ、中断をはさんで読了しました。

なんでも、ラジオ番組のオールナイトニッポンで、星野源さんがこの小説を面白いと紹介したのだとか。そのおかげで重版出来。なんということでしょう! です。

ネタばれ厳禁なんだそうです。推理ものでいえば、トリックどころか真犯人を紹介してしまうのと同等なんだと。

絶対に設定をばらしちゃ駄目みたいです。

ホーガンの『星を継ぐもの』が、(やっぱり同じように)ネタばれ厳禁みたいなことを言われていましたが、自慢じゃないけど4回くらい読んでいますが、(その都度ちゃんと楽しく読めています)、しばらくすると、すっかりあらすじを忘れてしまえるという記憶力なので、なんともいえません。

本書の下巻、巻末に「解説」を山岸真さんが書いていました。これが優等生の解説なのでしょう。なにしろ、本書の訳者でもないのに、解説だけを書いているのですから。

P309
 できれば本書は、内容についてなんの事前情報もなしに読んでいただくのがいちばんいい。というのは、冒頭で目覚めた主人公(本書の語りてでもある)は、自分が誰で、どこに、なぜいるかがわからず、そこからさまざまな科学的手段やふとしたきっかけを通して状況を解明していく――その過程の面白さが、とくに上巻前半の読みどころであるからだ。

読みどころを損なってしまっては台無しです。怖いな。

 ◆  ◆

ここから、印象だけの思いつき感想文です。

現代の科学的な知見をまぶしていながら、どことなくなつかしさを思い出させてくれるような、古くさい設定を持ち出してきます。たとえば、燃料について。中学生の頃に読んだ、E・E・スミス『宇宙のスカイラーク』を思い浮かべてしまいました。燃料が「銅」だったはずです。

燃料問題をクリアすることで、あっけなく「亜光速」(ここではそんな単語は使っていませんが)を手に入れられるというのは、ちょっとなんだかなでした。

異星の文明が人類の文明と違っていることとして、いくつかインパクトのある事例を出してきます。たとえばアインシュタインの相対性理論を知らないとか。笑ってしまったのが、からくり的な機械は高度に進化していながら、電子機器は1950年代のままであるとか。コンピューターは影も形も存在しません。

NHK総合 アナザーストーリーズ「ミグ25亡命事件の衝撃 ~米ソ冷戦 知られざる攻防~」 2022/11/18(金)22:00:00

で、扱っている「旧ソビエト軍戦闘機の函館強行着陸」を思い出します。この番組ではふれませんでしたが、当時のマスコミでは、この戦闘機に「真空管」が使われていたということが話題になりました。もっとも、この時代には真空管の使用は、耐久性を踏まえると、世界標準だったというはなしです。

脱線を戻します。

本書の特徴は、プロットの移り変わりじゃないでしょうか。プロットの組み合わせ方をどう工夫するのか。現在と交互に出てくる地球での出来事。そういえば、謝辞の末尾に、こんな記述が。

P306
 そして、ありうるプロットやストーリー構成のアイディアについて多くの会話を交わし、つねに賢明な答えを返してくれたわが妻、アシュリーにも感謝を捧げたい。

 ◆  ◆

こんな荒唐無稽なストーリーなのに、なんのてらいもなく書いてしまう(った)ところは、まるでスティーブン・キングみたいです。ETのスティーヴン・スピルバーグかもしれません。ETで、いきなりあの姿が登場したときのインパクト。

ストーリー展開が小説というよりもマンガ的なのかもしれません。つまり、SF小説の王道というよりも、軽いSFの部類に属するのかも。観念的なSFの対極といったらいいのかな。

 ◆  ◆

【こまごましたこと】

P64
「それはカプセルから回収した試料容器です。厚さ一センチの鋼鉄の外側を厚さ三センチの鉛で覆ったかたちになっています。(以下略)

びっくりしました。「かたち」です。「形状」を表す「形」ではありません。「っというかたちになっています」の「かたち」です。なあんにも考えていないですよおっていう発言のなかで頻出する「かたち」です。翻訳SF小説のなかで目にしたのは初めてでした。そこで思わず、翻訳者の小野田さんをネット検索してしまいました。1951年のお生まれ。もっとずっとお若いかと思っていました。もっとも年配のかたが「なにげに」を頻発している例もありましたから、なんともいえません。本書の初版は2021年出版なので、このときで70歳。このセリフをしゃべる登場人物のキャラクターに今風の軽い若者のテイストを与えたいのか? いや、そんな配慮はいらぬはずですよね。

小野田さんのこれまでに訳した本を見ると、早川書房のSFだけでもかなりの分量です。ベテランです。

で、Amazonのカスタマーレビューで、たどり着いてしまったのが tabbyred さんによる小野田和子評の数々でした。

読ませてくれます。

tabbyred さんによる数々の小野田和子評は、レベルとして商品になりそうです。面白し。エンタテインメントになっています。 しばらくのあいだ、読みふけってしまいました。

で、なんとか戻ってきました。そして、tabbyred さんの指摘する誤訳について、考えてしまいました。

翻訳ものを読んでいて、わからないところが出てきたら、それは訳者が間違っているかもしれない。そんなことを最初から考えて読む人は少ないでしょう。

tabbyred さんの「尿漏れ気味のけなげな妻の物語」おもしろいからみんな寄っといで! (『火星の人』 (ハヤカワ文庫SF)アンディ・ウィアー  カスタマーレビュー から引用 リンク、こちら

誤訳は誰にでもある。SF翻訳界の巨星浅倉久志さんはスティーヴン・キングの Apt Pupil を訳した時、さいごに殺される主人公を生きながらえさせてしまった(新潮文庫「ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編」)。誤訳が訂正されたのは、氏が亡くなって数年後、初版から30年近くが過ぎてからのことである。一流翻訳家 池央耿さんなど、悪訳・誤訳がけっこう目についた「小説作法」(すでに絶版。原書はステーヴン・キングの On Writing) を出してから10年ほどして、あたかも「誤訳とは無縁の翻訳名人であるわたし《 池 央 耿 》が書きました」とでも言わんばかりの、とてもすばらしい エッセー「翻訳万華鏡」を上梓した。

池央耿さんもですが、浅倉久志さんの翻訳は信頼していただけに驚きました。

いや、思い出してみば、これまでに誤訳のひどい本(や雑誌)に出あった経験のひとつやふたつは、ありました。

そういった気持ちで、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を振り返ってみると、へんてこに思ったところに納得するのでした。

問題なのは、本作品の科学的なネタに落差が大きいところでした。科学ネタのなかには、すごく幼いような処理で終わってしまうというのもありましたから。

P105
 軽くググって金星の平均温度は四六二℃だとわかった。

「軽くググって」、いやあ、これもハードカバーの単行本で目にしたのは、初めてでした。 tabbyred さんによる小野田和子評の数々を読んだ今では、なにをかいわんやです。

P173
 というのも、かれらはいま現在、ぼくのことをじっと見ているにちがいないからだ。手足が何本あるか数えたり、大きさに注目したり、どこから食べようか考えたり、いろいろしているにちがいない。

H・G・ウェルズ『宇宙戦争』以来のテッパンネタです。アンディ・ウィアーさん、けっこうユーモアをかもし出しています。

P255
 思うに、彼にとってぼくはかなり優先順位の高い存在だ。だから、なんにしろ彼はいま非常に重要なことをしているのにちがいない。なんといっても彼は船のあれこれに対処しなければならないのだし、食べたり寝たりする必要もあるだろう。

なんにしろ」です。このP.255までにも、少なくとも2回は、この「なんにしろ」が出てきたはずです。その都度、ひっかかりました。立ち止まって、「ああ、これは「なにしろ」のことじゃあないんだな、「なんにしても」または「なんにせよ」あるいは「いずれにしても」の意味なんだよな」と、独り言のように頭の中で変換していました。

なんにしろ」って言い回しは、古いアメリカのTVドラマ「じゃじゃ馬億万長者」に出てくるセリフみたいです。

「ジェスロ、なんにしろ、おら、もぐらスープしかつくれねえもんでな。」

P13
 ぼくは"ただひとり生き残った宇宙探検家"から、"変てこなあたらしいルームメイトといっしょのやつ"になった。この先どうなっていくのか興味津々だ。

ここで、ちょっと感動してしまいました。SFでは珍しい体験だったので、自分でも驚きました。