[NO.1508]また、本音を申せば

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また、本音を申せば
小林信彦
文藝春秋
2020年04月25日 第1刷発行

ずっと続いている週刊誌の連載エッセイをまとめた新刊。ほとんどが映画の話。文学や小説のことはよりも分量が多い。

期間でいうと倒れたときを間にはさんだ内容だが、そのときのことはここでは触れていなかった。すでに単行本『生還』が春に出ている。

気軽に外出もできにくい年齢になり、DVDを見る機会が多い。それにしても本書で紹介している作品の詳細な記事は、のちの世に残せる資料として大変なものだ。

若い頃から書いている日記を手元に、記憶を呼び起こしているのだろうが、具体的なデータがすごい。マニアックな内容は、あえて意識してのことだろう。今さら自分の興味がわかないことに費やす時間などもったいないという姿勢が感じられる。

長年にわたって愛読していれば、おなじみの話も多いが、それはそれ。あいかわらずラジオを好んでいるところが、おもしろい。

こちらはミュージカルなどに詳しくないので、どうしても文学関連の話を探してしまう。

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P70
偶然、併読している書名が出てきて驚いた。

『神田神保町書肆街考』鹿島茂/筑摩書房

出版社から頂いたとある。小林氏も書いているように、分厚い。通読はしていないのではないかな。エッセイはそこから中学・高校時代の神保町に広がっていく。それも付近の映画館へと続く話。神田日活、東洋キネマ、シネマ・パレス。

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P93
チャップリンは好きではないが、「街の灯」などすぐれた映画だと思う。それに対して、「底抜けてんやわんや」を送ったりするジェリー・ルイスは頭がおかしい。

もう怖いものなし。

それでも、その文章の末尾には、こう書いている。

P94
(伊集院光をラジオで聞くことが好きであるとことわった上で)しかし、各局を見まわしても、うまい、とか、面白い、という人はめったにいない。
大竹(まこと)さんのように「おれがラジオだ」などと、こわいことを言う人はいない。すごいことを言ったものである。

伊集院光と大竹まことがお好きだのだそうだ。詳しく出演している番組について紹介している。

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P101~
太宰治が大好きであると公言している。〈没後70年、やっぱり太宰が好き!〉とうたった雑誌「東京人」2018年7月号を「こまかい部分まで読んだ」という。小林氏が初めて太宰の名と出会ったのは、中一の疎開先でだった。漢字の太宰治が読めなかったというエピソードまで紹介してしまっている。

学生だった吉本隆明が太宰を訪問したことは有名だと記しているが、知らなかった。面白いのは、小林氏が吉本隆明に初めて会ったとき、「その細部をうかがえた」とあることの方。これまで読んできたなかで、小林信彦が吉本隆明に会ったことがあるとは、目にしたことがない。

高3で新潮文庫「晩年」を読み、魅力を感じた。八雲書店版の全集を買い、学校を休んで読んだという。この全集は中絶し、文庫サイズの別の全集、その後、筑摩書房版の全集へ。もしかすると、ほかのシリーズもあれば、もっているのだろうと、国会図書館サイトを見ると、さすがに3種類しか載っていない。「1954年、創芸社、近代文庫」とあるのが、その文庫サイズなのだろうか。もっとも、古書の世界は奥深いので、ほかにもまだありそうだが。

P238 に、初めて買った八雲書店版太宰治全集のことが書かれていた。ダンピング本屋で買って、リュックサックで持ち帰ったと具体的にかかれている。「ダンピング本屋」というのは、俗にいうゾッキ本屋のことだろう。どうしてこんな言い回しをしたのだろうか。筑摩書房版の太宰治全集のことも詳しく出ている。ある会の記念にもらったという。昭和三十年代前半に出た筑摩書房版の後の「定本」版で、新書サイズで筺入りという。クリーム色の箱入りしか知らない。今はちくま文庫版全集だというから、驚くしかない。

P102
太宰の作品がむずかしい、という人がいるらしいが、私にはその意味が分からない。肌に合えば、こんなに皮膚にぴったりくっついてくる作家はいないのではないか。

この「むずかしい」というのは初めて目にした。好きか嫌いか、はっきり別れるというのは有名だったが。そうか、どっちでもない、というのも見たことがないな。

話はもちろんここで終わらない。この先、太宰作品の映画化された方へと進む。もう嬉しそうに書いている。もちろん出演俳優にも言及していく。よく見ていることに感心する。2009年「パンドラの筺」の川上未映子が光っていたとか。

最後に(追記)として「グッド・バイ」が2020年に大泉洋主演で再映画化されているとあった。この執拗なところが小林信彦だ。大泉洋は好きだと以前に書いていた。男優にしては珍しく注目しているらしいから、この作品についても、いろいろ書いているのだろうな。

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P144~
『不連続殺人事件』坂口安吾、新潮文庫  について。

これは自分でも読んでいたのに、ちっとも記憶に残っていない。ここで面白かったのは、登場人物の命名についてだった。

P144
巡査の南川友一郎は、南川潤と井上友一郎をバラバラにした名前。
カングリ警部こと平野雄高は、平野謙と埴谷雄高の名前から作ったもの。
「八丁鼻」刑事こと荒広介は、荒正人と大井広介の名前からの創作。

ところがなぜか次のことは記憶にあった。『不連続殺人事件』の内容は忘れているのに。いったいどこで読んだのか。もしかすると、だれかから聞いたのかもしれない。対談とか鼎談などで読んだのか。安吾と平野謙や埴谷雄高、荒正人との交流が面白いので、記憶に残っていたのかもしれない。ところで、小林氏の「伝聞」とは、どなたに聞いたのだったのかしら。そういえば「仄聞(そくぶん)」なるいい方は、このごろとんと目にしない。

P145
坂口安吾が推理小説に一家言あるのは、伝聞によると、戦時中、やることがないので、翻訳ミステリの解決部分を綴じてしまい、安吾が名をあげている大井広介、平野謙、荒正人たちと犯人あてのプレイを演じていた、その続きとのことだ。

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P244
〈大陸の影〉というのが、もう、おかしい。おかしくない、という人もあるだろうが、そういう人は太宰の文章が合わないのだ。読むのをやめた方がいい。

「太宰治と喜劇的側面」と題したなかにでてくる。なんだか口述みたいな感じがする。

この大陸の影というのは、太宰の短篇「佐渡」について書いているなかから、その一部分に触れたところ。「読むのをやめた方がいい」とまでいう、その一刀両断ぶりがすごい。ここでもまた、怖いものなし。

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P256~
和田誠の訃報を聞いての話がよかった。

1960年代、映画の試写会でよく会ったという。そのとき、ほかにも一緒だったのが、品田雄吉、仕事を絞っている渥美清。試写会後には和田、渥美と「見たばかりの映画の話をするのが楽しかった」とある。若かった。

忘れていたが、そのあたりのことは前にも書いていたかもしれない。森繁久弥についてのことなど、何度も読んだおなじみな内容だし。

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初出誌「週刊文春」
Ⅰ ラジオと私と    2017年1月5・12日号~5月4・11日号
Ⅱ 弱者の生き方    2018年7月26日号~10月25日号
Ⅲ 映画の本が大好き! 2019年6月27日号~12月26日号
表参道 文春ムック「週刊文春が迫る、BEAMSの世界。」2019年11月20日

ⅡとⅢとの空白の期間がある。文字どおり「生還」してよかった。

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