本の雑誌2020年6月号 特集=翻訳出版の現在!

 毎号、楽しみな記事「本棚が見たい!」は、「あうん堂」という金沢の古本とカフェの店を紹介している。巻頭カラー写真は本棚が美しい。ひんやりした書棚の並びで過ごしていたら、そりゃ気持ちがいいだろうと思われる。

 店主は元JRの鉄道マンのかた。保線の仕事を早期退職で辞め、好きだった古書店を開業したのだという。店頭に三千冊、ガレージにはその三倍も在庫があるとのこと。

 今回はコロナ対策のため、個人の本棚は中止という記事をどこかで見たような気がして、いざページを読み返してみたけれど、どこにも見つからない。WEB本の雑誌で見たのだろうか。そちらも探しても見つからない。

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特集は翻訳出版の現在!

 業界の対談を読むと、売れる本は扱う中で千冊に一冊、いや一万冊に一冊あればいい......。気の遠くなるような話が飛び出す。想像もつかない。

 個人的には新刊書店で目にする、海外分野がほとんど隅に追いやられている現状にうんざりしていただけに、読めば読むほどわけがわからなくなってしまった。いったいこの先、どうなってしまうのだ。

 もっとも、文学関連だって、今や書店では見つけにくいだけに、どうにもならないのかもしれない。

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【毎号の定例から】

P48
ゼロから人間を作る細胞生物学の未来
冬木糸一
新刊めったくたガイド

 しばらく前から始まった、このコーナーが好きだ。理系分野を扱っている。今月は6冊を紹介している。そこから2冊。

■フィリップ・ボール『人工栽培された脳は「誰」なのか 超先端バイオ技術が変える新生命』(桐谷知未訳/原書房2500円)

 人工培養脳というのはインパクトがある。ヒトの細胞を持ったブタの胎児というのも、なんともはや。仮にヒトの器官をブタの中で育てられれば、臓器移植に役立てられるのだそうだ。中国ではすでに、エイズに耐性を作る目的でゲノム編集を加えた双子が生まれたことが報告されているのだとか。倫理が問われる。

■『地磁気逆転と「チバニアン」 地球の磁場は、なぜ逆転するのか』(ブルーバックス 1100円)

 地球の地磁気であるN極とS極が、地球の長い歴史では幾度も「反転」しているということまでは知っていた。しかし、それが判明したきっかけとして、千葉県房総半島の地層が関係しているということまでは知らなかった。そもそもチバニアンって、なんなんだ?

P68
マガジン多誌済々
攻める「広告」
下井草秀

 博報堂で出している雑誌「広告」が攻めている(アグレッシブ)だという。ジュンク堂池袋本店の雑誌コーナーに、2種類の「広告」第414号が並んでいる。クロス装で220ページを超える"オリジナル版"が2000円。一方の"コピー版"が200円。後者は、その名の通りオリジナル版をコピー機で普通紙に複写しただけのもの。
そういえば、このことはすでにどこかで読んだ気がするぞ。ネットだったのかな。

 で、414号の特集は「著作」なんだという。「オリジナリティや作家性、著作物の保護や利用のあり方」について扱っているとのこと。それを具現化! したのが今回のオリジナル版とコピー版の2ヴァージョンの刊行だった。
剽窃・盗用の本場と目される中国の"山寨(さんさい)"について。中国版ウィキペディアこと「百度百科」の"山寨"の項目を丸ごと転載していて、さあどうだ! なんだとか。

 そのほかにも、これまでの雑誌「広告」について、いろいろ書いてあった。おもしろそう。

P74
生き残れ!燃える作家年代記(14)心がけ編
いつから自分をどう呼ぶか/迷うもんでござる
●鈴木輝一郎

 毎回、この連載は楽しませてくれる。ネタもだけれど、文章も面白いのだ。地元では作家として認証されがたいということのたとえとして、イエス様が故郷のナザレに戻って説教をはじめたら、

「あれ、大工のヨセフんとこの息子じゃねえか。何を偉そうに言ってやがる」と鼻であしらわれました。預言者は故郷でうやまわれないーーのは大袈裟ですが、まあ、そんな側面はあります。

という、ご自分を神にたとえてしまわれたというはなし。サービス精神といいますか。また、パーティーで同業者と名刺交換のときに

 「(○○賞受賞を)おめでとうございます」といったら「いやもう、ほんとうにつまらん賞でして」と答えられてカンにさわった。「ぼくはそのつまらん賞の候補になって落ちました」とうっかりこたえて(バカだよね)どえりゃあ気まずい空気になりましたな。


P81
●ユーカリの木の陰で
ピューマは早い
◎北村薫

 かつて本の雑誌で連載していた『発作的座談会』について。引用しながら書いている。本当は北村先生が紹介してくださる本が目当てだったのですよ。けっして本の雑誌に連載されていた記事がつまらないというわけではなくて。もっと、マイナーな詩人についてとか。


 鏡明さんと青山南さん、きちんと新型コロナについて触れている。文芸誌(中間読み物雑誌も含めて)でのコラム記事のお約束を踏襲していらっしゃるようで、なんだか懐かしい気分。で、青山南さんのほうの連載から。

P94
南の話(268)
見たことのないハワイ
=青山南

 ソーシャルディスタンス(Social Distance)とソーシャルディスタンシング(Social Distancing)について。前者を指して

『Social Distance』=社会的に距離を置くこと→特定の人や信条などを排除するイメージで習ったような気がします。

と書いている。もともと日本語(特にコンビニエンスストアなどような和製英語)は省略する傾向があるので、ともフォローしているが、それにしても。


P114
書籍化までy光年 ◆ 円城塔
ルビで読むコードと漢詩

 プログラムコードと漢詩を並列に扱うところが円城塔さんなのだ。ここで紹介している最初の本は読んだことがある。
■『スラスラ読めるJavaScriptふりがなプロムラミング』及川卓也監修、リブロワークス著/インプレス

たしかに、面白い着眼だと思った。

■『唐詩和訓 ひらがなで読む名詩100』横山悠太/大修館書店
こっちは未読。ちょっと読んでみたくなった。


P117
サイコドクター/の/日曜日◆風野春樹
偽文書を追う衝撃の一冊

■『椿井文書 日本最大級の偽文書』馬部隆弘 中公新書

 確かに衝撃の、といえる。椿井政隆、江戸時代後期、京都南部の人。身分はなんだったのか、ここには書いてない。求めに応じて膨大な量の偽造文書群を制作、手紙、系図、寺社の縁起や絵図などなど、その数は数百。
発掘した著者の馬部隆弘さんは地方自治体職員。自治体側に偽であることを説明しても煙たがられ、椿井文書を研究に利用してきた学者からは批判されたという。


P124
読み物作家ガイド
何度も救われた"文章読本"
=荻原魚雷
●吉行淳之介の10冊

 魚雷さんは、吉行淳之介がお好きだったとは。そういえば、と納得。これまで魚雷さんの著書は何冊か読んだけれど、忘れていた。

1)軽薄派の発想/芳賀書店
2)私の文学放浪/講談社学術文庫
3)わが文学生活/講談社学術文庫
4)なんのせいか 吉行淳之介随想集/大光社
5)四角三角丸矩形/創樹社
6)鳥獣虫魚/旺文社文庫
7)湿った空乾いた空/新潮文庫
8)吉行淳之介対談浮世草子
9)愛と笑いの夜/ヘンリー・ミラー著/福竹文庫
10)ずいひつ 樹に千びきの毛蟲/潮出版社

1)大学時代のことだろうが、大正思想研究会という読書会に参加していたという。今の魚雷さんの書くものからは想像もつかない。で、旅先の大阪で手にしたのがこの『軽薄派の発想』だった。これに所収されている「私にもいきる場があった......」というエッセイ。腸チフスで入院中の吉行淳之介が萩原朔太郎『詩の原理』を読み、文学に目覚めたときのことを綴っているとして、引用している。

P124
人生が仕立て下ろしのセビロのように、しっかり身に合う人間にとっては、文学は必要でない詩、必要でないことは、むしろ自慢してよいことだ

なんだか太宰治みたい。朔太郎もうまいことをいったもんだ。ちょっとベタだけれど。

6)小説でマイナーポエットらしさがもっとも凝縮されているとおもうとして、『鳥獣虫魚』を挙げている。所収の「手品師」の紹介でクイズがあった。

P126
主人公が手品好きの青年を身ながら、ある詩人のことをおもい浮かべる。「妻に去られ、孤独な晩年を送った。幼い娘が一人いた。ある夜、娘が二階の書斎を覗いてみると、机の前に坐った詩人がしきりに指を動かして、赤い指の玉の練習をしていた、という」

 この詩人は誰かという問題。ヒントとして、一人娘も作家です、とある。これで確定ですね。このエピソードは有名だったような。娘さんの書いた蕁麻の家が出版されたことにちなんで出てきたのだったのか。

 ところで、タイトルにあった何度も救われたという"文章読本"については、どこにも触れられておらず。いいぞ、魚雷さん。

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◆読む京都 入江敦彦 本の雑誌社
◆記憶のちぎれ雲 草森紳一 本の雑誌社