[NO.1484] 女王の肖像/切手収集の密かな愉しみ

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女王の肖像/切手収集の密かな愉しみ
四方田犬彦
2019年10月30日 発行日
工作舎
285頁

エッセイというよりは小説に近い。実に読ませてくれる。冒頭、ロンドンにある切手商「スタンリー・ギボンズ商会」を訪れた話。つかみからして上手い。まるでハリーポッターで魔法学校に入学するため、魔法の杖を買いに入った店のよう。ちなみにこの店で一世紀半もの間、発行している世界切手カタログはもっとも権威あるものなのだとか。

著者は小学生で切手を集め始め、中学入学直後には日本郵趣協会の会員となったという筋金入りの切手収集家である。ご本人はとても自慢できるような収集家ではないと謙遜しているが。ここでいう世界レベルでの切手収集家とは、それはとんでもない高貴な趣味を表していることになるらしい。それこそ王侯貴族のたしなみというような。うっすらとは聞いていたけれど、その奥深さには目がまわり、頭がくらくらしてくるようだった。スノッブ。

まるまる一冊の本を切手収集にまつわる話だけで成り立たせている。文章から嬉しくて仕方がないという感じが伝わってくる。切手についての蘊蓄が延々と続くのだが、その間に挿入されるエピソードがこれまた気をひくものばかりだった。切手にはその一枚を手に入れるまでにまつわる固有の物語が付随しているのだそうだが、この本の物語がまるで小説のようなのだ。

著者の育った環境が違う。小学生のときに曾祖母からもらったのが1921年発行「皇太子殿下御帰朝」の3銭切手。同じく小学生で祖母からもらった切手の束には「月に雁」などだったとか。圧巻は親戚の一人からもらった2850枚。もちろん戦前のもの。いったいどんな家柄なのだか。P190に出てきた父方の「風変わりな叔父」さんは、「戦時中に大阪大学で原子爆弾と殺人光線の研究をした後、戦後はインドからパキスタンを経巡って、食品添加物の原料と香辛料の輸入に携わった」のだそうだ。その叔父さんが現地で買い求めた(切手の)パケットをお土産にくれたのだというのだ。そもそも、著者の父親は仕事の関係で海外出張があり、また海外の取引先から届く郵便物もあって、外国切手を無造作にもらえたのだともあった。海外切手を父親からもらえる小学生はそうそういなかっただろう。東京オリンピックの前の時代なのだ。JALパックが始まるよりも前のこと。

鹿島茂氏がいうところの「ドーダ」感が詰まりに詰まっている。きっと著者が務めた大学では、講義の合間にこうしたエピソードを話されたことがあったのではないかな。落語のまくらのように洗練されているようなところがある気がする。学生はおもしろがるだろう。

P081 でかいつまんで紹介される文化大革命について。コンパクトな中に、要領よく理解しやすくまとまっていた。現在の大学生にも、これならわかりやすいだろう。造反有理、下放、林彪、四人組等々。

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【細かな諸々】
p220
ドナルド・エヴァンズについて
検索すると『葉書でドナルド・エヴァンズに』(平出隆著、作品社)なる本があった。なんともいえない人生だ。著者いわく「芸術家における内気さの系譜」(ジョゼフ・コーネルからヘンリー・ダーガーまで)。ちなみに、巻末にある参考文献には Williy Eisenhart The World of Donald Evans (Harlin Quist Book,1980) とあった。

P229
切手商のある場所は世界中どこでも似たようなところにあるのだという。繁華街からちょっと入った路地や市電の停車場の裏側に延びている路地のなかほど。どちらかといえば地味なたたずまい、ひっそりと小さな店。
なんだか、昔の古本屋があった場所を思い浮かべた。たまたま今日、テレビで見たタワーマンションの並ぶ武蔵小杉の駅前の様子から、かつてそこに小さな古本屋があったことを思い出したのだ。どこの駅前にもあったその古本屋で文庫本を買った。
街を歩いていて、ちょっと気がつくと小さな古本屋はどこにもあったのではないかな。少なくとも外国から入ってきたカフェのチェーン店が個人経営の喫茶店を駆逐する前の話だ。

P245
ドリトル先生の活躍はいつの時代だったのか
いい問題だ。物語に出てくる切手から推測するに、1842年から1943年あたりだという。

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それにしても、九歳で読んだという岩波書店の『ドリトル先生物語全集』は、読書好きの叔母からプレゼントされたのだという。うらやましい。北村薫がやはりそういった親戚から絵本などをもらっていたと言う話を思い浮かべる。うちの親戚筋にはいなかったなあ。

P256
切手が登場する映画の例として挙げているのが、オードリー・ヘプバーン主演『シャレード』。その映像の中で実際に切手が画面にアップで写る場面として白黒写真として転載されている。映画の本でもない限り、映画の画面をそのまま載せてある、こういうのは初めて目にした。
 ドリトル先生のところで転載されていたイラストの切手といいい、このシャレードの画面といい、著作権の問題は、きっと編集者がクリアーしてくれたのだろうな。

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この本は装丁もいい。布表紙には、いらぬカバーもない。色合いといいこの雰囲気は新社になる前、筑摩書房で目にした気がする。表紙の切手を模したデザイン、背表紙の洋書風なところはクラフト・エヴィング商會みたい。