[NO.1482] タイトル読本

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タイトル読本
高橋輝次 編者
左右社
2019年09月30日 第1刷発行
278頁

北村薫がアンソロジーの魅力についてあちこちで書いていた。北村さんは中学生か高校生のとき、すでにミステリーのアンソロジーをノートに書いて構想していたのだとか。

で、高橋輝次さんによる「タイトル」のアンソロジー。本書は今年、読んだ本の中でもベスト上位に入る濃さだった。

目次、出版社サイトにあり。リンク、こちら

掲載された50人以上のエッセイの中、クオリティーの高かったのが冒頭の「見目美しくあれと願う」堀口大學。他が真面目(オーソドックス)な作風ばかりだったからなのか、浅田次郎の「タイトルについて」が印象に強く残った。上手い下手でなく、ざっくばらんに「うーむ、読ませる!」と思った。タイトルとは関係ないけど。

◆  ◆

【細かな、あれやこれや】

P18
丸谷才一
小説の流行は題の移り変わりに現れているという。例にデフォーの題名を引いて、「事実、デフォーは小説家というよりトップ屋だったのである」とする。「トップ屋」とは、またなんともはや。昭和の週刊誌。

P25
田辺聖子
「小説のタイトルのハヤリスタリ」と表記しながら「笹沢氏の紋次郎シリーズも週刊誌の惹句(じゃっく)も、ちゃんと日本文学史の伝統にのっとったものといえよう。」 今や死語だろう。「惹句」。言い換えるとすれば、「コピー」だろう。これも、今や死語か。

P72
筒井康隆
タイトルの付け方がうまいと言われている筒井が「文学的に優れたタイトル、または読者を読む気にさせるタイトル」として挙げている
マルケス「百年の孤独」
大江健三郎「同時代ゲーム」
カルヴィーノ「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」
ボーモント「夜の旅その他の旅」
ブラッドベリ「たんぽぽのお酒」「何かが道をやってくる」「とうに夜半を過ぎて」
プイグ「蜘蛛女のキス」
檀一雄「火宅の人」
ドノソ「夜のみだらな鳥」
高見順「如何なる星の下に」
丸谷才一「裏声で歌え君が代」
中上健次「十九歳の地図」
イヨネスコ「空中散歩者」
小林信彦「ぼくたちの好きな戦争」
川端康成「浅草紅団」
ル・クレジオ「物質的恍惚」
ヴォネガット「猫のゆりかご」
安部公房「棒になった男」「箱男」
トゥルニエ「赤い小人」
室生犀星「われはうたえどもやぶれかぶれ」
ロブ=グリエ「快楽の漸進的横滑り」「ニューヨーク革命計画」

「魅力的なタイトルは無理をしてでも少し変えて応用している作家が多い」として挙げている。
筒井康隆自作として
カルヴィーノからの「串刺し教授」、ドノソからの「邪眼鳥」
中上健次、マルケスから「千年の愉楽」
丸山健二、「千日の瑠璃」
小林信彦、ボーモントから「夢の街その他の街」
中島らも、ブラッドベリから「永遠(とわ)も半ばを過ぎて」「今夜、すべてのバーで」

P75
荒川洋治
流行語になったタイトルとして挙げている。
「人生劇場」尾崎士郎
「斜陽」太宰治
「美徳のよろめき」三島由紀夫
「嫌がらせの年齢」丹羽文雄
「四十八歳の抵抗」石川達三
「恍惚の人」「複合汚染」有吉佐和子
「何が彼女をそうさせたか」藤森成吉

P135
阿刀田高
編集者に言われた言葉
とにかく題名は大切です。短編一つ書き上げる労力を十とすれば、題名のために三くらい使っても惜しくない。それくらい題名のよしあしは決定的です。

人口に膾炙したというだけあって、ありきたりな言い方だが、その時代に寄り添うキャッチーな題名だったと思う。スポーツ新聞や週刊誌の見出しに流用されたり、映画やドラマの会話の中に使われることもあっただろう。「人生劇場」なんて戦前だもの。御茶ノ水にあるパチンコ店しか思い浮かばないけれど。

P138
山本夏彦「私はタイトル(だけ)作家」
何度も読んでいた文章であっても、アンソロジー集のここで、あらためて読むと、ひときわ山本夏彦の言っていたジャーナリズムの意味が......。

P163
小林信彦「題名をめぐる苦しみ」
この文章も、何度も読んでいたもの。かつて、これを読んだとき、つくづく「そうだよなあ」と思ったものだ。小林信彦の書くものが小説もエッセイも好きだっただけに、その題名の地味さ加減が気になっていた。もうちょっと何とかならないものか、と強く思ったことを覚えている。

P188
川本三郎
自分の本のなかで一番大切なものは、若い頃の挫折の体験を書いた『マイ・バック・ページ』(河出書房新社、一九八八年)だが、この書名は、青春時代に好きだったボブ・ディランの歌の題名そのまま(ただ現代は、"Pages"と複数形)。厳密に著作権のことを考えると問題があるのかもしれないが、まあ、日本語なので許してもらおう。二〇一六年に、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したときは一人、ひそかに祝杯をあげた。

P195
穂村弘「タイトル」
本屋でかっこいいタイトルをみると、やられた、と思う。このタイトル、売ってくれ、と思う。
中身がどんなものでもこれなら即買う、という傑作タイトルを幾つか挙げてみる。発想の凄さ、翻訳の美しさ、メタレベルの面白さ、いろいろですね。
そして誰もいなくなった/アガサ・クリスティー
世界の中心で愛を叫んだけもの/ハーラン・エリスン
人間失格/太宰治
スポンサーから一言/フレドリック・ブラウン
シュールな愛のリアルな死/萩尾望都
夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった/谷川俊太郎
たったひとつの冴えたやりかた/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
とうに夜半を過ぎて/レイ・ブラッドベリ
流れよわが涙、と警官は言った/フィリップ・K・ディック
限りなく透明に近いブルー/村上龍
あえてブス殺しの汚名をきて/つかこうへい
モナリザ。オーヴァドライヴ/ウィリアム・ギブスン

P205
清水哲男「詩の題」
a 冒頭、川崎洋の詩を紹介し、その題名を問う。なかなか興味深い。12ページにわたる、この本では長文といえる出だしのつかみとして、うまい。「問題」というキーワードで問う。平易なことばでつづる、しなやかな思考のあと。おもしろかった。ひらがなが多い文章。

P222
高橋良平「翻訳小説のタイトルについて考えてみた」
「出版社や翻訳された時代の違いといった事情により、同じ本でもタイトルの違う例がある。」
ブラッドベリ/火星年代記=火星人記録
ストーカー/吸血鬼ドラキュラ=魔神ドラキュラ
途中略
ハメット/血の収穫=赤い収穫
ヴィアン/日々の泡=うたかたの日々
おもしろい視点。

P226
戸田奈津子「字幕と題名」
「題名は宣伝の第一歩」というのがこの業界のセオリー。

P232
紀田順一郎「たかが題名」
瀬戸川猛資『夢想の研究』(早川書房)紀田順一郎が快著と呼ぶ本。

P260
森村稔
「読書に関する論述・解説・エッセイは世に多く、単行書も数多い(出口一雄氏の文献目録には、明治以降刊行されたわが国の読書論関係書として七百点以上の記載がある)。
それらの一部は私の本棚の数段を占めている。『一冊の本』『読書の技術』『読書のよろこび』『書物とともに』『本のある生活』『なつかしい本の話』『書中の天地』......などなど、(以下略)

深夜の読書/辻井喬
本を読む本/M・アドラー
読書の方法/外山滋比古
本の顔 本の声/秋山駿
本を読む/中村真一郎
本と人と/日本エディタースクール編
生涯を賭けた一冊/紀田順一郎

P262
高橋輝次「作家、創造者たちとタイトル――編著者あとがきに代えて」
本書で一番の長文はこれでした。
タイトルについて書かれた単行本と雑誌
『現代詩手帖』(二〇〇六年、三号)の特集「タイトル論」
美学者、佐々木健一『タイトルの魔力』(中公新書)
ブルボン小林(=長嶋有)『増補版 ぐっとくる題名』(中公文庫)