[NO.1473] チョコレート・ガール探偵譚

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チョコレート・ガール探偵譚
吉田篤弘
平凡社
2019年05月24日 初版第1刷
266頁

 発端は『本の雑誌』(2019年8月号)P85「ユーカリの木の陰で まぼろしの女」に北村薫が紹介していたことによる。謎めいた内容に心ひかれる。いったいどんな本なのか気になった。

 古本屋で手に入れた「エフェメラ」と呼ばれるB6サイズの小さな映画のパンフレットから話は始まる。パンフレットを作ったのは名古屋若宮にあった松竹座という映画館で、昭和七年九月二廿二日発行とあった。そのパンフレットの中に紹介されていたのが「チョコレート・ガール」というタイトルの映画だった。成瀬巳喜男の監督で撮られたトーキーで、主演女優の水久保澄子と思われるポートレイトが掲載されていたのが目をひいた。

 もともと、そのパンフレットを買ったのが、四半世紀以上も前のことで、今回、偶然に手にするまで、忘れていたもの。短い紹介の中から、いくつかの固有名詞をネットで検索すれば、手がかりは得られるのだろう。しかし、あえてそうはしないで、その映画や女優について調べを進めようと決意をする。ここが本書のポイントにあたる。

p245
 そもそも文章を書くことの極意のひとつは、いかに知らぬふりを継続できるかである。とりわけ、探偵が謎を解くような話を書くときは、いかに謎の核心となる物や人や事をそれとなく迂回し、結末や答えについては「まったく知らない」という態度を装わなくてはならない。

 インターネットの検索を使わない理由として、上記の点を挙げている。とりわけ、スマホの安易な多用かな。

 かくして、こうした一種、手の込んだ前提の元、映画「チョコレート・ガール」と主演女優の水久保澄子にまつわる探偵譚の始まりとなるのだった。(思えば、面倒な時代になったものだと思う。けっしてネット検索の便利さを否定しないが。)

 ページをめくる手を休ませないよう、次から次へと謎の解明が展開される。イメージとすると、レイモンド・チャンドラーの探偵ものの雰囲気みたいなものを読みながら思い浮かべていた。つまり、最後まで読者として引っ張られたということか。

 ネタバレすれば、「チョコレート・ガール」という映画は、最後まで見つからない。主演女優の水久保澄子については、ある程度の解明がなされたといっていいだろう。

 途中、作者(つまり、吉田篤弘さん)が、小説を書いてしまってもいいのではないかという展開になりかけて、おやおや、ついにそうきましたか、と思ったけれど、結局、それは取りやめとなった。それでよかったのだろうね。

 この手のミステリー仕立ては、村上春樹に対してもそうだったように、マニアックなファンが、ネット上にたくさん言説を展開しているのでしょう。とにかく、ネットという言説空間に蓋をしてしまったところが、この本のポイントでした。いやはや。

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