世界を変えた10冊の本 池上彰 文藝春秋 2011年8月10日 第1刷発行 |
池上氏のTV解説を侮っていた。録画した番組「世界を変えた10冊の本」の中から、幾つか視聴したところ、予想外に面白し。で、本書を手にする。
10冊の選出がユニーク。
アンネの日記
聖書
コーラン
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
資本論
道標
沈黙の春
種の起源
雇用、利子および貨幣の一般理論
資本主義と自由
6番目の「道標」以外は読んだ(目をとおした)ことのあるものばかり。
それぞれ章末には出典と参考文献(専門書ではなく一般書ばかり)が挙げられている。
まずは『アンネの日記』から。
p14
「アラブ諸国ではあまり知られていない」
数年前、エジプトのカイロ大学で日本語を学んでいる学生たちと話をしたことがあります。もちろん日本語で。
このとき私が『アンネの日記』のことを持ち出したところ、学生たちは、ひとりもこの本の存在を知りませんでした。この本は、世界の七O以上の言語に翻訳されています。アラビア語版もあるのですが、学生たちは、読んでいないばかりか、そもそも存在すら知りませんでした。
イスラエルを建国したユダヤ人に対する反発があるからなのか、アラブ諸国では、広く読まれてはいないことを、このとき私は知りました。そこで学生たちに、「皆さんは、なぜアラブ諸国を除く国際社会がイスラエルの味方をするのだと疑問に思うかも知れないけれど、それは、この本の存在があるからだよ」と説明しました。本の中身を知らない学生たちは、キョトンとしていましたが。
著者が、なぜ『アンネの日記』が中東問題に影響力をもつというのか、その裏返しの理由として受け止めた。と同時に「キョトンとしてい」たというところに怖さも。
『聖書』章末、参考文献から
加藤隆『歴史の中の「新訳聖書」』(ちくま新書)/池澤夏樹『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』(小学館)
池澤氏の著書を読んでみたくなった。対話だし。
『コーラン』
以前、池澤夏樹氏のネットによる紹介から、イスラムの教えでは利子を禁じられていることを知り、驚いた。しかし、『世界を変えた10冊の本』によれば、「イスラム金融」という言葉があるように、実際には金融を商売に置き換える工夫をすることで実質的に利子を得ているのだった。なるほど。
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
p119
「異論もあるけれど」
マックス・ウェーバーのこの本は、大きな衝撃を与えました。強欲の資本主義の精神が、禁欲的なプロテスタントの倫理から生まれたというのですから、その驚きは当然でしょう。
ウェーバーの主張には、当然のことながら異論もあります。
また、では日本の資本主義の精神はどこから生まれたのだ、という当然の突っ込みが予想されるでしょう。日本は、欧米のようなキリスト教社会ではないにもかかわらず、信用を大事にし、時間に正確で倹約しながら富を蓄積するという「資本主義の精神」が発達したからです。ここには、「お天道様が見ている」という独自の宗教的背景があったのかも知れませんが、これを論じるのは本稿の趣旨ではありません。
さらに、マックス・ウェーバー研究家の羽入辰郎氏は、『マックス・ヴェーバーの犯罪--『倫理』論文における資料操作の詐術と「知的誠実性」の崩壊』という刺激的な著作において、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』での資料の引用の恣意的な手法を厳しく批判しています。
一方、この批判に対しては、やはりウェーバー研究家の折原浩氏が強く反論。『ヴェーバー学のすすめ』などの著作を出すなど論争が起きていますが、ここでは触れません。
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読むことで、宗教と経済との意外な結びつきを論じることが可能なのだということを知っていただければ、この章の役割は果たせます。前章の『コーラン』で、イスラム教の教義に反しないような工夫から「イスラム金融」が発達したことを述べました。宗教は、さまざまな暮らしや人間活動に影響を与えている。それを頭の隅にでもおいていただければ幸いです。
「~という当然の突っ込みが予想されるでしょう」などという表現は、池上氏の人気理由の一つなのだろう。さらに、中段では異論のあることも紹介している。これも、人気理由の一つだろう。そして後段ではあえて持論は展開せずに「それを頭の隅にでもおいていただければ幸いです。」で結びとしている。これも人気理由なのか。誠実な態度などとも言われているらしい。
『資本論』章末、出典・参考文献から
出典
カール・マルクス著、今村仁司、三島憲一、鈴木直訳『マルクス・コレクション Ⅳ 資本論 第一巻(上)』、『マルクス・コレクション Ⅴ 資本論 第一巻(下)』(ともに筑摩書房)
参考文献
池上彰『高校生からわかる「資本論」』(集英社)
自著をさらっと載せるところも池上流?
出典を敢えて筑摩書房にしているところも......。
『資本主義と自由』
10冊の中では最も現在に(特に日本では)影響を与えたであろうか。本書を読むまで、ノーベル賞受賞時のゴタゴタは忘れていた。
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