[NO.1257] 必読書150

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必読書150
柄谷行人
太田出版
2002年4月21日 初版発行
2002年5月25日 第3刷

NO.1249 勝てる読書 に紹介されていた本。判型が思っていたよりも小ぶりで、束(つか)も薄い。

リストそのものはネット上で紹介されている。

ここではリストそのものよりも、巻頭対談の方が楽しかった。大学の先生も大変なんだな。分数のできない理系学生という話は聞いたことがあったが、これまでに学生が読んだことのある本を挙げさせたところ、『窓ぎわのトットちゃん』だったという。だから焦ってこうした本を作ってしまったのかもしれない。

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岡崎 それから創造性という曖昧なものものを技術として教えるのは難しいけれど、情報の圧縮というのは技術で語れる。「この本を10行でまとめよ」とか、「三色を使って五秒で似顔を描け」というのは技術で語れる。条件の制限が客観性を与える。あるいは「同じ一つの本から、まったく見解の異なる要約を三種類出せ」とかね。こういう訓練を日本はしていない。途中略
小林秀雄のような人はこういう仕事でも優れていたのかもしれない。膨大な数の本を読んで、いちいちそれぞれの本の論点を要約してコメントを付けているみたいなものだから。こうした1000本ノックみたいに情報の圧縮をするのも技術の下地としてあるかもしれません。
島田 美術にも相田みつお系の「俺の叫びを聞いてくれ」というような根性ロックみたいなものがあるわけですよ。どこか聞こえないところで叫んでくれとしかいいようがないんですが、......以下略

奥泉 ......、たぶん今書きたいといっている人の大半は、それほどの欲望がないんじゃないかな。力が外に向かわず、自足してしまう感じがある。
柄谷 つまり箱庭療法のようなものじゃないの。箱庭療法の場合、つくっても大勢の人には見せないでしょ。
島田 先生に見せるぐらいですからね。
柄谷 箱庭療法はなぜか効果があるらしいよ。

学生たちの出してくるものは、美術分野でも小説でも、他の作品に関心がなく(見たことさえない)、「私を見て」ばかりだという。ここではカラオケ化という言葉はまだ出ていない。ネットでの書き散らかしから投稿のカラオケ化がいわれ出すのは、もう少し後になってからだろうか。
柄谷氏のいう箱庭療法はいいんだよ、というのが妙に印象に残った。