[NO.1214] 漂流/本から本へ

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漂流/本から本へ
筒井康隆
朝日新聞出版
2011年1月30日 第1刷発行

初出「朝日新聞」2009年4月5日~2010年7月25日

朝日新聞しか購読していないのに、筒井氏の「漂流」のことは記憶にない。それだけ新聞に目を通さなくなっていた。

子供の頃からの愛読書を列挙する形式。お年を召した小説家がこの形式の文章を書くと、もう新作はあまり期待できそうにないのだろうか、と邪推してしまう。

とにかく、読みながら幸せな気分にひたれた。子どものときから今も読書好きな人なら、おそらく同じように読めるだろう。そのおかげで、週末にやらねばならなかった別の案件が遅れてしまったのだが、ちっとも後悔していない。

目次
第一章 幼少期 1934~
田川水泡「のらくろ」/江戸川亂歩「少年探偵團」/弓館芳夫訳「西遊記」/ボアゴベ「鐡假面」/謝花凡太郞・画「勇士イリヤ」/坪田譲治「子供の四季」/江戸川亂歩「孤島の鬼」/デュマ「モンテ・クリスト伯」/夏目漱石「吾輩は猫である」/メリメ「マテオ・ファルコーネ」/手塚治虫「ロスト・ワールド(前世紀)」/マン「ボッテンブロオク一家」/サバチ「スカラムッシュ」/ウェルズ「宇宙戦争」/宮沢賢治「風の又三郎」/バイコフ「牝虎」/アプトン・シンクレア「人われを大工と呼ぶ」/イプセン「ペール・ギュント」/イバーニェス「地中海」/アルツィバーシェフ「サアニン」/ショーペンハウエル「随想録」/ケッラアマン「トンネル」/チェーホフ「結婚申込」/ズウデルマン「猫橋・憂愁夫人」/飯沢匡「北京の幽霊」/高良武久「性格学」/福田恆存「堅壘奪取」/ヘミングウェイ「日はまた昇る」

第二章 演劇青年時代 1950年~
クリスティ「そして誰もいなくなった」/フロイド「精神分析入門」/メニンジャー「おのれに背くもの」/横光利一「機械」/ハメット「赤い収穫」/カフカ「審判」/カント「判断力批判」/フィニイ「盗まれた街」/三島由紀夫s「禁色」/ブラウン「発狂した宇宙」/シェクリイ「人間の手がまだ触れない」

第三章 デビュー前夜 1957年~
メイラー「裸者と死者」/ディック「宇宙の眼(め)」/セリーヌ「夜の果ての旅」/ブーアスティン「幻影(イメジ)の時代」/生島治郎「黄土の奔流」/リースマン「孤独な群衆」/川端康成「片腕」/東海林さだお「トントコトントン物語」/ローレンツ「攻撃」/ル・クレジオ「調書」

第四章 作家になる 1965年~
オールディス「地球の長い午後」/つげ義春「ねじ式」/ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」/阿佐田哲也「麻雀放浪記」/新田次郎「八甲田山死の彷徨」/山田風太郎「幻燈辻馬車」

第五章 新たなる飛躍 1977年~
フライ「批評の解剖」/マルケス「族長の秋」/ドノソ「夜のみだらな島」/丸谷才一「女ざかり」/ハイデガー「存在と時間」

各項目はきわめて短い。もっと掘り下げて欲しいと思うところがあっても、あっさりと終わってしまう。それぞれ取り上げている本の版を紹介しているところが親切。

作家として名をなす前の文章に、「......などとは、この頃まだ夢にも思っていない。」というところが繰り返し出てくるのが可笑しい。たとえば、p22「それほど敬愛していた江戸川亂歩、いや乱歩さんに見出され、新人作家として、「宝石」編集長の大坪直行の案内で、豊島区にある乱歩邸にお邪魔をし、その後もパーティーなどでお目にかかって親しくお話をすることになろうなどとは、その頃まだ、夢にも思っていない。」といった具合。

各本について綴りながら、そのときどきのご自分についても説明されている。小学時代、中学、高校、大学、就職、そして作家デビュー。そちらも面白い。

こうして取り上げられた全作を見ると、海外のものが多い。純文学は古典的な有名作品が多く、SFなどでは思いの外、読んだのが遅かったように思えたのだが、考えてみればそれだけSFや推理小説というものは訳されたのが遅かったのだということに気がつく。

特に、第三章以降からは小説を書く眼で読んでいることが面白い。小説家としての筒井康隆はこのような読み方をしているのだということが書かれている。一読者とは違う。