[NO.838] 半歩遅れの読書術Ⅰ/私のとっておきの愉しみかた

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半歩遅れの読書術Ⅰ/私のとっておきの愉しみかた
編者 日本経済新聞社
日本経済新聞社
2005年10月24日 第1刷

 書評は読みたくなるものが良いのだとか。本書でもそんな気にさせられた本が数冊。

 タイトルにある「半歩遅れ」という考え方に賛成。

p1
まえがき
 情報社会に生きる私たちは、「遅れる」ことを罪悪のように受けとめがちである。インターネットが普及した現在、情報は瞬時に手に入る。にもかかわらず、情報に遅れるのは、怠惰の証拠ではないか。だから、『半歩遅れの読書術』という書名に、戸惑いを感じる方がいても不思議ではない。この情報化時代に、あえて遅れなければならない理由はあるのだろうか、と。
 五年半前、本書の元になった日本経済新聞日曜読書欄の連載コラムを始めるにあたって、考えたのも、まさにこの点である。結論から言えば、本を愛する人にとって、今ほど遅れて見る目が必要な時代はないのである。昨年日本では、約七万四千点の書籍が刊行された。一日、二百点を超える新刊書が誕生している計算になる。おのずから、書店に本が並んでいる期間は、限られてくる。都心の大書店でも、刊行後三カ月ともなると、ベストセラーか大きな話題を集めた本でもない限り、棚から消えてしまうことが多い。ましてや、中小の書店においてをや、である。
 新聞の読書欄は、この新刊書の海を泳ぎながら、読んで面白い本、ためになる良書をすみやかに選んで、書評や内容紹介を掲載する。しかし、どんなに知恵を集めて選書をしても、川のように流れ去る新刊書のなかに、価値に気づかずに見過ごした本があるやも知れない、という思いは、消すことはできない。情報を得るための読書がある一方で、人生の不思議さ、物語の面白さに、打ちのめされる読書もある。後者のような読書体験は、流れ去る情報の渦より、ずっと後にやってくることが多い。
 こんな考えから、新刊書ではなく、あえて刊行後一――二年経た本を中心に取り上げる読書コラムが誕生した。筆者の方は、書評家としても鳴らす本読みのプロである。「半歩遅れ」の狙いを話すと、ほとんどの方が、一も二もなく執筆を快諾してくれた。
 以下略

 もっといえば、新刊書ではなく古本の書評が欲しい。

本書で紹介しているメンバーのなんと豪華なことか。そして、その後、亡くなってしまった方も。
荒川洋治/出久根達郎/向井敏/別役実/中野美代子/長田弘/富岡多恵子/小林恭二/堀江敏幸/坪内祐三/川上弘美/沢木耕太郎/香西泰/村田喜代子/多和田葉子/川本三郎/水村美苗/藤原作弥/加藤典洋/古井由吉/藤沢周/矢野誠一/鷲田清一/山崎正和/奥本大三郎/久世光彦/松原隆一郎/張競/工藤美代子/池田清彦


p31
出久根達郎
 本の好きな者の、究極の読書は、本について書いた本を読むことのようである。私も、例外ではない。印刷から出版、書店、ワープロ、パソコンまで常に斬新な考察と、有意義な意見を発表している紀田順一郎さんのファンである。 
以下略

p119
沢木耕太郎
 以前はかなりの親近感を抱いていたボブ・グリーンの著作も、最近はほとんど手にすることがなくなり、この『DUTY』(山本光伸訳、光文社、2001年)が久しぶりに読んだ彼の作品だった。

途中略
  訳者の父は元日本海軍の中佐だったらしい。あるとき、留学中の若い訳者がアメリカ人の前でスピーチするので真珠湾攻撃について教えてほしいと頼むと、長い手紙を送ってきてくれたのだという。そして、その中にこうあったというのだ。アメリカの軍人として、日本の真珠湾の攻撃を予測できなかったとしたら、軍人の名に値しない、と。それを話したところ、聴衆のアメリカ人の間にざわめきが生まれたという。
 これは、私にとっても、思いもかけない角度からの言葉だった。宣戦布告の通告の有無や時刻などは「政治」の問題だ。同じ戦う者として、日本の「奇襲」を「予測」し、「準備」していなかったとしたら、それだけでそちらの「負け」ではないか?


p244
久世光彦
 名訳というものもあるらしい。けれど私は訳文については概(おおむ)ね懐疑的である。語学的には正しいのだろうが、訳された文章として魅力がないと、やはりそれは話にならない。だいたい原文のリズムが、うまく移し替えられていると思えるものになんか、まあお目にかかったことがない。日本語の文章力のない人が、訳しているからだ。私はいままでエドガー・ポーの翻訳に納得したことがない。僅かな私の英語力ではあるが、それらの訳文がポーのリズムとまるで違うことぐらいはわかる。



■森銑三・柴田宵曲『書物』岩波文庫、1997
■石田五郎『天文台日記』中公文庫BIBLIO、2004
■『鳶魚江戸学座談集』朝倉治彦編、中央公論社、1998
■磯田光一『思想としての東京――近代文学史論ノート』国文社、1989年(講談社文芸文庫、1990)
■古森義久『日中再考』扶桑社文庫、2003
■『西遊記』(一)~(十) 中野美代子訳、岩波文庫、2005