[NO.495] 内田魯庵山脈/〈失われた日本人〉発掘

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内田魯庵山脈/〈失われた日本人〉発掘
山口昌男
晶文社
2001年1月10日 初版

 もっと早くから読んでおけばよかった本。

p17
1 その始まり
 内田魯庵。普通の小説家志望の男女の反応、「知らないね、そんなの」。
 やや読書好きの青年子女、「文庫に『社会百面相』というのと『思い出す人々』というのが二冊入ってるんじゃない。あ、あー、それにこないだ伝記が出て結構売れてるってんじゃない」。
 近代文学史などというおぞましきものを少し囓っているうるさい連中、「大学予備門などというところに入って、早い頃に英語を習い、紅葉などの出たての作 家を脅して気にされ、丸善の番頭になって親方日の丸の博識で世間を煙に抱き、嫌味の大家であったために社会諷刺家と誤解されてこわもてし、小林秀雄の出現 により一挙に世間から忘れ去られた、かつての作家・文学批評家の出来損ない、と言っておこうか」。
 文化人類学志望の若者、「何やそれ、おじさんみたいに忘れ去られた文化人類学者の類(たぐい)か」。
 実のところ、私は最後のタイプの反応が一番好きである。とはいうものの、無から出発するわけにもいかない。人名辞典を引けば必ず出てくる名前である。

 著者は文化人類学者だけあってか、「最後のタイプが一番好き」だとおっしゃいますが、「小林秀雄の出現により一挙に世間から忘れ去られた」という「近代文学史などというおぞましきものを少しかじっているうるさい連中」という方が好きです。
 そうか、そうだったのか、小林秀雄の出現により一挙に世間から忘れ去られたのか、と妙に納得しそうになってしまったところが怖いですね。

p20
(著者が魯庵の作品について、特に親近感を覚えたきっかけとして挙げている)
 その作品は、高浜虚子が岡田紫男(村雄)を主人公として書いた「杏の落ちる音」(『定本高浜虚子全集』第七巻、毎日新聞社、昭和五十年、一三-五三頁所収)に寄せて書かれたものである。
 もったいぶらないで題を挙げよう。それは「『杏の落ちる音』の主人公」という、虚子への書簡の形をとった随筆である(『内田魯庵全集』第四巻、四〇-五六頁所収)。


p596
あとがき
 本書は、講談社『群像』の編集長だった渡辺勝夫氏の慫慂によって連載を始めた仕事に加筆を重ねて構成されたものである。
以下略
 魯庵がこれらの時代をそれぞれの主題に立ち向かいながら生き、しかもどの時代にも取り込まれることなく自己を実現していった様態を描きたいと思ったので す。そうした意味で、本書は『「挫折」の昭和史』『「敗者」の精神史』(岩波書店)と共に、「日本近代の見えない部分」を描く三部作ともいうべき最後の一 冊であると言える。



p280
18 地方を結ぶ「いもづる」ネットワーク
 大正末から昭和にかけて『いもづる』という無料の趣味雑誌が存在した。編集人は斎藤昌三。この『いもづる』については斎藤夜居氏の『続 愛書家の散歩』(出版ニュース社、昭和五十九年)中の「『いもづる』書誌」という一文に精しい。

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 面白いマークです。本書中、「阿弥陀寺庭前の大盤石を掘起して建つた」自然石に見られるロゴマークについて、著者は「ほとんどNTTのロゴマークに似た記号」(p311)と表現しています。ほぼ、左上と同じマークのことでしょう。

目次
I 魯庵の水脈

1 その始まり
 失われた知の原郷を訪ねて 「杏の落ちる音」
 女の肉の告白 江戸の残り香を嗅ぐ 岡田村雄への追悼

2 明治の逸人 - 西沢仙湖
 滑稽雑誌『團團珍聞』 実業界を経て道楽生活 一人一品の会
 『仙湖随筆』  江戸前通人のデカダンス

3 野のアカデミー - 集古会
 逸民の気分 集古会の成り立ち 沿革史
 江戸派と考古派 ヒエラルキーを脱け出る学問

4 和綴の雑誌 - 『集古』
 集古会の人々 柳田国男と「集古」 博物館一つ分の出品
 耽奇会-神話的原型 文明国には遊民あり

5 蒐集家の筆頭 - 林若樹
 好古趣味の一生 若樹が寄稿したメディア
 輪講雑誌の発行 読書家 珍奇図書の蒐集

6 人類学の祖にして趣味の人 - 坪井正五郎
 心性の人類学へ  「もの」の学問
 日本先住民コロボックル説  玩具に熱中

7 精神の系譜(ジェネアロジー)を捏造する - フレデリック・スタール
 松浦武四郎の一畳敷  徳川頼倫と南葵文庫  お札博士
 スタールの通訳  ICU-多磨墓地-富士山
 魯庵にアフリカの話をしたならば

8 神田の玩具博士-清水晴風
 オモチャの絵  課題を設けて展示会
 玩具に表われる人情風俗  『うなゐの友』  涅槃之碑

9 江戸百科全書派の美校教授-竹内久一
 岡倉天心の理想を具体化  提灯屋の息子  奈良に遊学
 骨董から博物誌へ  神田を拠点にした国柱会
 フェノロサ、岡倉天心との出会い  親友に母を託す  江戸っ子芸術家・学者

10 三村竹清の日記
 百四十五冊の日記  川喜田半泥子の風流
 幸田成友が語る大阪の裏文化   石井研堂の話
 意外な人物が登場する日記の面白さ

11 古本屋の二階で
 古本屋という隠れ里  玉層全  文行堂
 史学に専心した旧軍人  古本屋と著作家

12 労働運動と銀座・箱館屋の頃 - 横山源之助
 文学のブの字も語らず  『日本之下層社会』  佐久間貞一との関係
 旧幕臣のキリスト老  アイヌの現状、労働者の身上

13 ヤマトノフになった日本人 - 橘耕斎
 「ヤマトノフ一代記」  橘耕斎の物語
 大槻文彦の垂挺  ロシアでのヤマトノフ  魯庵のロシアへの関心

14 現代と背馳せよ ー 大槻磐渓・如電・文彦
 大震災から持ち出した 『洋学年表』  仙台藩の佐幕派家臣
 学の幻視者(シャーマン)の漢詩人  成島柳北の碑文をめぐる大喧嘩
 ふと立ちあがって久米舞  山本東次郎の狂言
 我が文庫は日本の宝庫なり

15 本と物への執着の話 - 沼波瓊音
 俳書コレクションの仲間  芭蕉の木像  国文学者から国士に

16 「天下未出の珍書」をめぐって - 井上通泰
 内田君、僕が井上だ  穂井田忠友『高ねおろし』
 歌学を学ぶ開業医  詩材は宇宙より求むべく

17 図書の通人の交わり - 市島春城 巧
 伝記の型を破った『随筆頼山陽』  小説より随筆
 図書館協会総裁徳川頼倫  徳川一門の徳
 情報性の高い随筆  百道楽
 松浦武四郎への敬慕  ミニ書斎に豆本

 Ⅱ 魯庵の星座

18 地方を結ぶ「いもづる」ネットワーク
 無料の趣味雑誌  大正アヴァンギャルドの「いも仲間」
 趣味に研究は必要か?  身近な現象をテーマに
 一人一党のネットワーク  市史に花柳風俗を
 開戦ひと月前の最終号  『集古』と『いもづる』

19 「いもづる」に集まった人びと
 「田舎魯庵」富士崎放江  趣味塚の建立
 「いもづる」のいもたち  不可視になった「いもづる」の知

20 ハイブラウ魯庵の敗北 - 三田平凡寺
 スッポン平凡寺にからまれた魯庵  我楽他宗・趣味山平凡寺
 皮肉と揶揄  レーモンド邸訪問  淡島寒月と二人の弟子

21 大正の現実と国際的知を繋ぐ力 - アント二ン・レーモンド
 我楽他宗と東京クラブ  星一との出会い  キャンパスの建築デザイン
 戦災復興の建築に貢献  高崎にて

22 尋常小学校分教場の趣味宇宙 - 板 祐生
 月給五十円の大コレクター 因伯玩具の紹介
 物を通してつくる精神のパイプ

23 江戸の頽廃美と世紀末西欧は出逢ったか - 永井荷風
 西園寺公望の文学趣味  天明の趣味を体現  廃り著の真骨頂
 荷風と魯庵を繋ぐ絆  雑踏(クロスロード)の社会学
 終電車に乗り遅れつづけた生涯

24 広瀬千香の見た「星座」
 大正の翔ぶ女  荷風と箒葉  『書物往来』の消長
 古書組合へ入会して資料探求  人間関係を軸に進展する文化
 『共古日録』  宮田直次郎・暢親子  牧師山中共古
 随筆とスクラップ的日記の近似

25 魯庵の愛した無垢(イノセンス) - 平子鐸嶺
 法隆寺再建説への疑問  百万塔コレクションが結ぶ友
 鬼気せまる駄酒落  「集古」との繋がり  日本美術史を大成する目的

   Ⅲ 魯庵のこだま

26 『バクダン』を読む - 文化史家魯庵
 バクダン話  榎本武揚の獄中生活  中根香亭の遺骨
 葬儀の芝居性  通夜の笑い  窓魔払い  正月改善  画料について
 社会主義者の文人  素人写真  早取写真  魯庵の写美術論

27 奇(キューリオ)の人類学
 日本の比較文化  蒐集という行為  蒐集を通して奇に達する
 農民芸術とインカの壷  野蛮人の芸術  魯庵の建築論

28 未来派・戦争画批評
 芸術の予知能力  時間を空間に持ち込んだ未来派
 東郷青児と日比谷美術館
 二十世紀の戦争を描くネヴィンソン  日本の戦争画
 ヴォーティシスト集団
29 広告・ポスター考
 ポスターは宣伝の馬印  広告の元祖は市中呼声(ストリートクライ)
 カルピス、仁丹、中将湯  ポスターの起源  日本は蒐集後進国
 戦争ボスター  複製芸術論を予見

30 広告の現在と近い未来
 奥野他見男『ハルピン夜話』 ユーモア小説を量産
 生きた広告の作り方  ヨイショのスタイル
 広告欄は紙上大百貨店  イメージとパフォーマンスの広告

31 魯庵の「新しい女」論
 因襲について  転換期の女性論  自覚せよ若き女!
 夢二の女、須磨子のノラ  欧化熱はおさんどんまで
 学問の底の浅さ

32 「青踏」運動、きのうの夢
 雷鳥とウォルストンクラフト  スレール夫人のサロン
 西欧に甘い魯庵  女性雑誌低劣論
 無名のモダン・ガールたちの女性論へ

33 『本屋風情』遺聞
 魯庵の読書法  岡書院の出版物
 一出版人への対応  柳田国男の折口信夫いじめ
 性と趣味の民俗学を嫌った柳田
 北海道出身では民俗学は無理だね
 『金枝篇』 を出版するなら妨害する
 専門書の直販店を  蔵書の行方

34 桁をはずれた彗星 - 最期の魯庵
 若い本好きの友人  魯庵「モダーンを語る」
 日本人は思想的に恐るべき民族ではない
 面目躍如たる自嘲の一語  随筆文学の復興

35 亜細亜図書館建設の理想
 新進翻訳家衛藤利夫  満洲図書館史
 奉天図書館 - 東亜文献の一大集積所  図書の分類
 学芸員的司書の必要  アジア研究の場として

36 若き友人たちの追悼
 益友・木村毅  モデルとあてこすり  『罪と罰』の翻訳
 高安月郊による回想  昭和期から - 斎藤昌三
 魯庵の葬儀
37 結びに - 切れることのない糸
 世界の風流相場を狂わせたい
 子育地蔵が疝気の治療をする世の中
 書物と人の蒐集家  コラージュの同時代性

あとがき

主要参考文献
人名索引

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