[NO.476] 日本一怖い! ブック・オブ・イヤー2006/SIGHT別冊

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日本一怖い! ブック・オブ・イヤー2006/SIGHT別冊
SIGHT編集部・編
株式会社 ロッキング・オン
2005年12月23日 初版発行

 中身の書評対談は面白かったのですが、それよりも、『SIGHT』なる雑誌があること自体、存じませんでした。出版社名が、あのロッキング・オン。
 「渋谷陽一責任編集、ロックを通過した大人のための総合誌、......途中略......活字好き、サブカル好きの大人読者をうならせる豪華な連載陣」なんだそうです。すごいことになってきたものです。ロックを通過した大人! サブカル好きの大人読者!

 上記の惹句を読んでからだと、下記対談はリアルに笑えます。
p14
文芸・評論 高橋源一郎×斎藤美奈子
p20
突然ですが脇道対談 教養主義の崩壊を反省する!
責任者は誰だ?
高橋「わかりやすいもののほうが好かれるっていうのは、前からあったと思うんです。ただ、やっぱり前は社会の気分として、社会科学な知識とか古典的教養が崇拝される雰囲気があったじゃない?」
斎藤「知らないと恥ずかしい、とか、知ったかぶりとか、そういう人間らしい心の動きね(笑)」
高橋「そ う、それが一掃されたのは、文学全集が売れなくなった頃からだと思うんですよ。七〇年頃ってまだ 『現代詩』が元気で、一般読者が万単位でいたけど、今は ゼロに近い。古典的教養と現代詩とマルクス主義がワンセットだった。こっちにマルクス=エンゲルス全集、現代詩文庫があって、こっちに河出のグリーン版世 界文学全集があってみたいな」
斎藤 「背表紙の教養ね」
高橋「七二年の連 合赤軍事件で左翼が壊滅的になって、八九年にベルリンの壁とソ連邦が崩壊してマルクス主義の主張が敗れた。教養主義の崩壊はその十七年の間に起こったわけ ね(笑)。その前は上の世代の人が 『教養は大事だ』とか言ってたんだよね。でも、僕たちになると教養が大事って言わない」
斎藤 「私も『教養主義なんかかっとばせ!』みたいなこと言ってて、失敗したなあって、今思う(笑)」
高橋「いやぁ、それは僕も失敗だったなあと」
斎藤「やっぱ教養も大事だなあって今ごろ思うもんね (笑)」
■  うわーっ、それに影響を受けたチルドレンたちはどうしたらいいんですか(笑)。
斎藤「後の祭りですね(笑)」
■  八十年代に昭和軽薄体とか『ヘンタイよいこ新聞』 とかでアタマを柔らかくしちゃった人たちが、今、三十代から四十代前半にいっぱいいるわけですよ(笑)。
高橋 「だから『東京おとなクラブ』とか糸井重里さんの『ヘンタイよいこ』とかって、子供をテーマにしてたんだよね。教養主義と古典的左翼主義に対抗するために、ピュアな子供を切り札に使ったんだよ」
斎藤「考えてみるとズルい手(笑)」
高橋 「あれはガチガチの大人文化を粉砕するために子供を戦略に使ったイデオロギー闘争だったわけですよ、ある意味。で、八〇年代を通して、権威をガタガタにした。でも、それは失敗だったんだ(笑)」
■  いまごろ、言わないでくださあい(笑)!!
斎藤  「いや、あれは批評とかパロディで権威をガタガタにしたわけじゃない? つまり建て前と本音があって、一応建前として読まなきやいけない硬い本も読みつ つ、反対側で 『ヘンタイよいこ新聞』をやってたわけですよ。だけど今、両方とも崩壊しちゃったから、全部おんなじ? そして水は低きに流れるから、低い ところは『マンガ嫌韓流』に行ってしまうという」
高橋「七〇年から九〇年にかけて、整地しちゃったんだよ(笑)。それで中学生レベルでいいっていうことになったんだね。本当はラディカルな転換のはずだったんだけど、違う方向に行っちゃった。整地したあとに生えた草が『嫌韓流』だったわけね(笑)」
■  どうしたらいいんでしょう?
高橋「どうしようもない(笑)」
斎藤 「ほんと。私の責任じゃないぞという気分もある半面、『ああ、やっぱり失敗したかなあ』って」
■  一人ひとりが責任を自覚してほしいですよ(笑)!
高橋「だから自覚してるって(笑)!僕はいまや教養第一主義ですよ。大学の先生にもなったしね。自分が小説教室とか啓蒙本を出すようになるとは思わなかった! 啓蒙が敵だったのに(笑)」
■  じゃあ、今は啓蒙主義を恥ずかしいと考えなくていいですか?
高橋 「いまや啓蒙こそラディカルです(笑)。この前、サルトルの書いた本の中でも一番わかりやすい『実存主義とは何か』をたまたま朗読会で読んだんだ。そしたら、読みながら感動しちゃってさ。当時はもう、サルトルなんか最悪! と思ってたけど今読むと、心に染みる(笑)」
斎藤「声に出して読みたいサルトルね(笑)」
高橋「そう。すごくわかりやすくて、コピーのような文章のオンパレードでさ。自由とはナントカで、とかの定義がね、むちゃくちゃかっこいいの」
■  じゃあ、いま教養をつけたい若人はサルトルを読んで読書筋肉をつけろと?
高橋「読んで欲しいですね(笑)」
斎藤「読むってほんとに基礎トレーニングがいるんだよね」


 このあとの展開もなかなか。現代は権威となるべき大人がいない。それを壊してきたのだから仕方がないとも。文壇の大御所であるべき大江健三郎(ノーベル賞も取ったし)は、いかにもトホホな感じがあるでしょ、と続きます。椎名誠も糸井さんも橋本さんもへらへらしてるでしょ? しょうがないの。そういう選択しちゃったわけだから。......みんな、どうやって歳取っていいのかわかんないんだね。以下略。
 この雑誌の読者っていったい......、と思ってしまいます。ロックを通過したサブカル好き! 何度見ても、すごいキャッチ・コピーです。

 ほかにも北上次郎と大森望の対談もいいです。二人の傾向がまったく別々。そのことを互いにわかった上での書評対談、しかも大人ですから、フォローしあう発言も、わらえます。
 久々に写真を見ました、ジョン・アーヴィング。お歳を召しましたね。掲載されているのはインタビュー記事なのですが、来日したのではないようです。翻訳でした。内容は言いたい放題。最近では、ここまで言いたい放題なインタビューも珍しいくらいです。
p50
僕が小説を書いてみたいと思ったきっかけは、十九世紀の小説だ。いちばんはチャールズ・ディケンズで、それからトマス・ハーディやジョージ・エリオットもね。小説というものは二十世紀以降、二十一世紀になってもまったく進歩していない。
 前に、二十世紀の再考の作家は誰かという投票みたいなものを『TIME』がやっていてね。文芸評論家が選んだのがジョイスだった。勘弁してくれよ。『若 い芸術家の肖像』、確かにあれは言い本だ。でもそれ以外は? 自己満足の頭でっかちのゴミだよ。いま文芸誌に載ってる手合いの、大学院の創作科の授業を思 い出しながら書いているようなのと一緒だよ。
 僕はごめんだね。長旅に出るときに『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』を持っていくかい? 読みたいのはまともな本だよ。ディケンズや、ジョージ・エリオットやハーディの書いた本だよ。


p53
 こ の国が分裂しているのは、ミスター・ブッシュのイラク戦争だけが原因じゃない。この国は文化的に分裂を起こしてるんだよ。それでこの作品(当サイト管理人 注、このときの最新作『Until I Find You』)は露骨で、機能不全の小説ということになる。即座に顔を背ける人もたくさんいるだろう。何千分の一秒かジャネット・ジャクソンの胸が見えただけ で騒ぎたてる国なんか、世界中でここだけじゃないか。スーパーボウルのハーフタイムにビートルズの生き残り[ポール・マッカートニー]を引っ張ってくる国 だって世界でもここだけだ。僕と同じ年の男だよ。彼なら誰からも文句が出ないからってさ。ここまでくだらない文化もないね」
 これまでにアーヴィングが感銘を受けたのはカート・ヴォネガットなのだそうです。そういえば、アイオア大学創作科で教わったのですね。忘れていました。