[NO.379] 歴史の風 書物の帆

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歴史の風 書物の帆
鹿島茂 著
筑摩書房 刊 
1996年1月10日初版第1刷発行

 製本、造本ともにしっかりしたきれいな本でした。のちに書評家を肩書として名乗るようになる鹿島茂の矜持が見えます。こんな魅力的な書評集は、なかなかありません。

まえがきに代えて
 本書は、ここ五年ほどの間に書きためた書評を中心とし、それに読書エッセイを加えて一巻とした本だが、書評は、おおむね、次のような原則にのっとって書かれている。
①最初のページから最後のページまで、飛ばし読みをせずに、注も含めて、一冊すべてを読んだうえで書評する。
②読者としては、ある程度の知的好奇心はもってはいるが、対象としている本のジャンルに関してはまったくの素人であるような人を想定している。イントロは、そうした読者に訴えかけるつもりで書かれている。
③基本的に、書評を引き受けた以上、たとえそれが自分の選択した本でなくとも、読者に、書店で一度は手に取ってみることを勧める方向で書評する。ただ、本としての完成度に問題のある場合は、それを指摘することをためらわない。
④著者の執筆意図と主張を汲み取りながら、なによりも、内容を的確に要約するよう心掛ける。様々な傾向のエッセイを一冊にまとめた本の場合には、その中で著者の主張や個性が最も色濃く渉み出ているエッセイを中心にして取り上げる。
⑤原著の文体や肌合いを知ってもらうために、あえて引用は多めにする。理想をいえば、引用だけで書評が成り立つようにしたい。引用すべき箇所がうまく捜し出せたら、書評としては、その使命を半ば果したといえる。
⑥評価は、その本の絶対的価値よりも、相対的価値に比重をかける。いいかえれば、これまでに出版された他の本と比べてオリジナルな部分があればその点を評 価し、その上で、できるなら、その本がどのようなポジションに位置するのかを明らかにする。一定の水準に達してはいても、二番煎じ的な内容の本は選択を避 ける。
⑦同時に、思想的統一性、文体の巧拙、構成のバランス、読みやすさなどといったフォルムの面も重視する。表現だけが難解な本は取り上げない。
⑧本を厚さで判断しない。注の多さに平伏しない。要は、質の問題である。
⑨書評としてそれだけで完結した読み物となるように努める。
⑩書評子が本を評価する以上に、本によって書評子が評価されることを肝に銘じておく。
⑪もちろん、以上の原則は①を除いて努力目標であり、必ずしもすべての書評で守られているわけではない。
 書評の長さは、発表されたメディアによって割り振られたものなので、本の評価とはかならずしも一致していない。また、初出時の原稿に多少修正を加えたものもあることをお断りしておく。


p281
荒俣宏『荒俣宏コレクション 漫画と人生』集英社文庫
  荒俣宏は現代におけるレオナルドともいうべき隔絶した存在だが、その彼が小学生のころから少女まんが家を志し、大学生になってもなお作品の持ち込みを 続けていたという事実はこれまで一般には知られていなかった。それが今回、本書で一挙に明らかになり、我々は図版を多用した彼の執筆活動の原点がどこにあ るかを知ることができるようになった。
 まず、彼が十数年も前に描いた「ザ・ダスト・レディー」という「理科系少女まんが」が発掘されて冒頭に添えられ、少女まんが家・アラマタ・ヒロシの力量が、少なくともテクニック的には、石ノ森章太郎にも匹敵するほどのものであることが示されている。
 これだけでも驚きだが、本書の少女まんが進化論が、これまた「実作者」として挫折した体験に基づいていて、じつに読ませる。
 すなわち、人生の大問題を決めるべき思春期に少女まんがに没頭した自分を振りかえることで、少女まんがの変貌を浮かびあがらせることに成功しているのである。
 少女まんが家・荒俣宏の挫折の第一歩は、少女まんがが、「少女に読ませるまんが」から「少女が描くまんが」に変身したときに始まった。