東京古本とコーヒー巡り/散歩の達人ブックス[大人の自由時間] 発行人 吉江隆信 編集人 中村直美 株式会社 交通新聞社 2003年3月1日 |
巻末に地図のページがあります。いったい、いつまで紹介されている店が残るのやら。10年? 20年? それとなく30年? 末永く残って欲しい。なかには半世紀なんて店もあるのですから。
目次
2 古本散歩の「甘い時間」岡崎武志
13 神保町の扉
14 古書店案内
26 本の街 神保町の歩き方 書肆アクセス 畠中理恵子
楽しくてためになる
28 本の街の喫茶店
リレーコラム 南陀楼綾繁の 古本指南
32 其ノ一 古書展デビューシマセンカ?
33 東京読書装置
44 読書装置6選
46 古本散歩の基礎知識
49 山手下町の扉
50 首都圏古本クタクタ日記 今柊二
56 挟みパン全解剖
58 古書店案内
66 古書店巡りの採集帖
77「読書装置」としての古本屋
78 即席 東京文学散歩
リレーコラム 南陀楼綾繁の 古本指南
90 其ノ二 古本雑誌ノ愉シミ方
92「珈琲店の書棚」 大坊珈琲店 大坊勝次
94 読書喫茶9選
99 中央線の扉
100中央線沿線喫茶店紀行
104古書店案内
116夜と古本のある時間
寄り道読書の常夜灯
118たとえばこんなところで読めます
120オンライン古書店という選択
光る網の彼方に浮かぶ
122机上散歩者のための電脳古書店案内
124この一冊から始まる 古本散歩の愉しみ
リレーコラム 南陀楼綾繁の 古本指南
128其ノ三 目録ヲ持ッテ街ニ出ヨウ
130神保町古本採集
138地図
140付録
p2
古本散歩の「甘い時間」 岡崎武志
私は別に甘党というわけじゃないが、
ときにふと、口の中に甘いものを入れたくなることがある。
脳と身体が、神経を鈍くやわらげるものを欲するのだろう。
それと同じで、私のように年がら年中古本屋回りをしていると、
それも2時間3時間と街をほっつき歩いていると、
やっぱり途中に甘いものが欲しくなる。
いや、この場合は口に入れる甘いものじゃなく、
休憩が欲しくなるという意味である。
ずいぶん回りぐどい言い方をするじゃないか、と咎められそうだが、
買った古本の包みを喫茶店の席で開いたり、
古本屋めぐりの途中で公園にあるベンチに腰をかけたりする時間は、
まさに私にとって「甘い時間」なのだ。
古本屋めぐりは、単に古本をハンティングするという
実利的な目的のためだけにあるのではなく、
その日いちにちのある時間を、街の中に自由に投げ出して、
ほしいままに自分を泳がせる意味もある。
古本屋の軒先をくぐる。
本棚と対話する。本を買ったり買わなかったり。
店を出てしばらくして、さっきの本を買わなかったことを悔やんだり。
路地の暗がりにねそべる猫を見る。
学校帰りに手をつないでいる小学生がいる。
どこかの店先から聞こえてくる音楽に立ち止まったり。
過去の苦い経験をふと思い出して、ただ手をじっと見ることも。
そのなこんなの意識の流れが、古本屋めぐりの副産物としてある。
じっと机の前に座って、考え込んでいては生まれない破片たちだ。
これも大事にしたいと、歯が欠け、白髪の混じり始めた四十男は思っている。
ときに、「甘い時間」というクッションが、
そんな意識の流れをやわらかに受け止める。
私が古本屋めぐりをするのはもっぱら、神保町と中央線沿線。
よくうろつくのが西荻窪で、
中でももっとも「甘い時間」が滞留するのは
「古書音羽館」の店頭均一棚の前だ。
ここにかなりいい本が揃っている。
左右、二つある入り口の両方に、すべて100円の奉仕品が並べてあるが、
特に左側の均一棚の前には竹を組んだ長椅子(昔風に言えば床几)がある。
どうぞ、座ってゆっくりお選びください、
という主人からのメッセージだろう。
ものの数分だが、疲れた足を投げ出し、頬杖つきながら、
あれを買おうかこれを買おうかと品定めしている時間が、
いまのところささやかだが幸せな時間だ。
甘いものを補給した脳と身体を連れて、
そしてまた、次の店へ向かうのである。
岡崎氏の文章は甘いのですが、そこが魅力なのでしょう。アーカイブス2へ
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