| 森博嗣のミステリィ工作室/ダ・ヴィンチブックス ダ・ヴィンチミステリーシリーズ 森博嗣 メディアファクトリー 1999年03月18日 初版第1刷発行 305頁 (再読) |
しばらく前に引退宣言した森博嗣さんについて、何を今更といったところなのに、これは一読びっくり、新鮮でした。面白い。
小説の分量はもとより、エッセイの数も多い森博嗣さん。ところが本書はちゃんと読むのが初めてでした。以前に流し読みしただけです。迂闊だった。
デビュー間もない1999年刊行。初々しい。
文体が初々しいだけでなく、そんなことまで書いちゃっていいの? という内容も暴露してあったり、言葉の端々から漏れにじんでしまったプライベートが読めます。
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すっかり忘れていました「ミステリィ作家になったいきさつ」(P.262)。今更ながら、こうして読むと、驚くばかり。『すべてがFになる』がメフィスト賞を受賞するにあたり、作品を差し替えたという当時のいきさつがよく理解できました。以前、どこかでちらっと読んだくらいでは、その理由がよく飲み込めませんでした。
赤川次郎を読んでいた小学5年生の娘に、「お父さんの方が面白いものが書ける」と見栄を張ったことが、ミステリィ執筆のきっかけだった。とりあえず1週間で書きあげた『冷たい密室と博士たち』。
ところが娘さんからは、「漢字が多くて読めない」、奥様は「つまらない」といって寝てしまった。まるで落語のネタです。
それでたまたま作品募集をしていた雑誌『メフィスト』に応募。
送ってはみたものの、つたないことが自分でもよくわかったので、やはり1週間で2作目『笑わない数学者』を執筆していると、雑誌の出版社から連絡が入り、本にしてくれるとのこと。編集者が自宅まで会いに来てくれたところで、2作目を手渡す。そのときにはすでに3作目『詩的私的ジャック』を書き始めていた。それを東京出張のときに編集者へ渡し、4作目の構想を伝える。その後、編集部長から電話で4作目について聞かれたので、「もう3分の1ほど書きましたが、孤島の研究所で密室殺人が起きます」と答えると、即座に、「それをデビュー作にしますから、それを一番目にして下さい」と言われる。そして、そのとおり、『すべてがFになる』が最初に刊行されることになった。編集部長さんは、作品を読まず、トリックも知らず、それどころか内容もほとんど知らないままで、「それを最初に」と決断した。このことを森博嗣さんは「先見の明というよりも、不見の明とでもいうべき英断だろう。矢吹駆より凄い。」と書いています。
なんともスリリングないきさつだな。期間にすると、ほんの数ヶ月しかたっていません。編集部ではきっととんでもない原石を掘り当てたぞと思ったのでしょう。ここでこの逸材を逃してはいけない。
逆に、森博嗣さんにとっては(もちろん本人が面白いからやったことでしょうけれど)、デビューするにあたってのあれやこれやが脳裏を駆け巡ったんじゃないでしょうか。なにしろ当時、森さんといえば東海地方の漫画同人で知らない人のいないビッグネームだったと山田章博さんが書いているほどです。セルフプロデュースを意識しないはずありません。本書ではたびたび読者へのサービスといった表現が使われています。有名なホームページ「森博嗣の浮遊工作室」を設けたのも、読者へのサービスの一環であると。
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本書でいちばんの目玉は「第1部 森博嗣のルーツ・ミステリィ100」でした。ベスト10や20という選定はみかけることがあっても、100というのはなかなか見当たりません。すごいサービスです。
意外な名前が飛び出します。たとえば 65『ナイン・ストーリーズ』のところでは、
P.74
サリンジャーは最高に好きな作家です。僕の文章の目標といっても良いでしょう。もともと漫画を描いていて、彼のような物語を作りたいと思ったこともあります。(以下略)
P.105 96『死霊(「霊」は旧字体)』です。そう、箱入りで重かった埴谷雄高のあの死霊ですよ。
「100冊の選択にあたって」という文章に、その選定のあれこれが書かれています。
P.8
読んだミステリィから100冊を選んでくれ、と依頼された。森の頭の中では、もちろん既読の作品が好きな順に一列に並んでいる。しかし、それをそのまま出力すると非常に偏ったものになる(作者は10名に満たない)。そこで、ある程度、読み物としての価値を求め、同時に、森のミステリィ作品に影響を及ぼした(ルーツ的な)作品、という観点から、選んでみた。
読んだ本はたいてい捨ててしまう。そこで、今回この100冊が編集部から送られて生きて、実に懐かしかった。
1冊につき15分ほど話し、100冊で25時間も語った。本章は、そのほんの一部を文章に起こしたものだ。一人で書いた方が時間的には遙かに速かったとは思うが、人を相手に話すときには、また違う人格が現れるので、違った発想があって自分でも面白かった。
さて、明らかにミステリィではない作品が含まれている。しかし、明らかにミステリィではない作品など、この世には存在しない。すべてミステリィである。ジャンルを限定することを森はしない。(以下略)
そもそも森さんはミステリィどころか、読書全般を好きじゃなかったはずではなかったのか?
P.262
大学時代にも、ミステリィやSFなどに興味はそれほどなかったし、だいたい、本を読むのがあまり好きではない。特に子供の頃は大嫌いだった。5教科の中で国語が一番苦手だ。今でもあまり変わっていない。
こんなのを読んでしまっては、そんな思いを抱かざるを得ない。ところが、「第1部 森博嗣のルーツ・ミステリィ100」を読むと、小中学生のころから推理小説などを好んで読んでいた姿が見えてくるのです。そのギャップにびっくりでした。
おもわず笑ってしまったところをひとつ。ジェイムズ・エルロイ『ブラック・ダリア』から。
P.58
(前略)
僕の友人も、途中まで読んで、「ぎちゃごちゃしてわからないからやめる」と言い出しましたが、とりあえず最後まで読むように薦めました。読み通して損した気にはならないはずで、それだけの力はある作品です。(以下略)
こんな友だちがいたことにまず驚きでした。考えてみればあたりまえのことです。大学時代には漫画同人誌を主宰した森さんですから。もっともこの文庫が初めて出たのは1994年ですから、立派な大人になっているので、あまり適した例ではなかったかな。
何にでも値段をつけて考えることについて。新潮文庫『三好達治詩集』
P.103
(前略)僕は良いと思うものに値段をつけるという癖があって、たとえば歌詞のようなものにでも、安い言葉、高い言葉というように値段をつけます。で段というと、いやらしく感じられるかもしれませんが、そのときの自分の覚悟を数字で表すという気持ちがとても大事で、骨董品なども自分ならいくらで買うのかという目で見て、初めてその価値が見えてくるのです。いつも値段は自分で決める。この言葉を使わせてもらうために自分はいくらなら出せるか、と真剣になって見る。こっちよりはこっちの方が良いとか、だんだんと言葉の良い悪いがわかってくる。そんな気がしますね。
言葉に値段をつけることつながりで。萩尾望都さん『ポーの一族』から。
P.109
絵もさることながら言葉の切れも超一流です。非常に詩的な言葉が使われ、タイトルも素晴らしい。「ピカデリー7時」なんて100万円のコピーだと思います。こんな超絶のタイトルを思いつけば、それだけで自然に傑作が書けますね。僕のつけたタイトルの中でせいぜい見られるのは『詩的私的ジャック』くらいでしょうか。まったく、あやかりたいものです。
ところで、『詩的私的ジャック』って、そんなにもタイトルとしていいですかね?
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萩尾望都さんとの対談は、なにをかいわんや。でれでれです。それよりも、森博嗣作の漫画を読めたのがよかった。さらにそれよりも面白かったのが、当時の仲間荻野真、山田章博両名からの暴露ふう投稿でした。ふーんです。読後、あらためて森さんの漫画に戻ると、70年代の漫画界の雰囲気が思い出されました。
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