| ブツゾー・キッド みうらじゅん 淡交社 2026年04月03日 初版発行 239頁 |
春ころ、いくつもの書評で取り上げられたのを忘れていました。
[NO.1679] 見仏記 三十三年後の約束 に連なる著者の仏像への思い入れは、いったいどのように始まったのか。仏像好きが高じて仏教系の中学校に進学したのだというエピソードを知ってはいたものの、なんと怪獣好きからおじいちゃんの影響で仏像好きへとその興味が移行していったのだとは。いやはや、子どもの興味関心というのは、きっかけによるのだな。もっとも、いくらきっかけがあろうとも、本人が興味を示さなければ、それまでですが。
おじいちゃんとふたり、日曜日になると電車に乗って仏像見学へ出かけていたといいます。みうらじゅんさんが小学4年生から中学生にかけてのこと。きっとおじいちゃんにとっても、宝ものの時間だったことでしょう。
男の子が夢中になる対象には、たとえば昆虫だったり恐竜だったり、鉄道だったりがあります。道ばたで、ダンゴムシをじっと見つめている子どもは、なぜか背中のシャツが外に出ているものである、などと聞くと思わず笑ってしまいます。それが仏像だったのが三浦純くんだった。そういえば、これらのエピソードは以前から書いていましたよね。
このおじいちゃん、面白い人だったのですね。なにしろ「一粒の麦」ですから。いとうせいこうさんによる巻末解説が興味深い。ただものじゃない。雅号「蘆穂」のゆかりには驚くばかり。
おじいちゃんの妻(つまりみうらじゅんさんのおばあちゃん)の兄の名前が、「木月道人(もくげつどうじん)」の画号で知られた難波宣太郎(なんばせんたろう)であるといいます。「和服のキリスト者」という呼ばれかたも独特。
じゅんさんとおひげが同じであると、いとうせいこうさんはいいます。
P.227
後半生を大叔父・木月道人のようにヒゲぼうぼうで過ごしているのがみうらじゅんであり、「その叔父さんみたいなヒゲは早(は)よ剃(そ)りや」と今もしじゅう注意しているのがオカンだと私は聞いている。
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