| エリートと教養/ポストコロナの日本考/中公新書ラクレ 753 村上陽一郎 中央公論新社 2022年02月10日 発行 254頁 |
編集者から請われたことがきっかけとはいいながらも、通読してみて、「あれま」。村上陽一郎さん、どうしたの? といったところも。たとえばアクセントの平板化を嫌うところとか。こんなことまで、書いちゃう? X。(旧ツイッター)で素人が投稿するような内容。あれッ? これ、どこかで読んだよなあ、という内容がたびたび。
要領よく説明された「大正教養主義」「リベラルアーツと教養の違い」など、概略がすらっと頭に入ってきます。回りくどいばかりで、わかりにくい本と比べると、格段にうまいです。
年を取ると怖いものがなくなるといいますが、まあ、じつに自由闊達、具体的に自分の身近なことからはじめ、こまごま具体的に「書いて」しまいます。ハラハラするところもあって、妙な魅力がないともいえず。
『神の意志の忖度に発す/ 科学史講義/LECTURE BOOKS 4-9』(村上陽一郎、豊田有恒 著/朝日出版社 刊)を読んで以来、科学史といえば村上陽一郎とすり込まれていました。
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P.73
私事になりますが、振り返ると、一九〇一年生まれ、一中、一高、東京大学医学部へと進んだ私の父親(一高の卒業年度が大正八年)は、旧制中学と高校で、まさしくこうした大正教養主義にどっぷりと浸っていたわけで、例えば芸能でも、家人に能楽や琴は許すが、三絃(さんげん)は家内では法度、寄席などもタブー視していました。
ここを読んで、「あ~」でした。納得。「家人に能楽や琴は許すが、三絃(さんげん)は家内では法度」のところ、いかにも。ちなみにウィキペディアによれば、村上陽一郎さんは「高校時代からチェロを演奏」するのだそうです。
個人的には、本書を読もうと思ったいちばんの理由は、「第五章 音楽と教養」のところでした。「ピタゴラス・コンマ」の説明、おもしろし。理科系です。
P.181
永久針には金属製のものもありました。普通の針先と同じほど細い直径の金属棒に、これも細い針金でできた微少なコイルが付着しています。金属棒の先が減ると、コイル状の針金を一巻きほぐして破棄します。また鋭い棒先が現れるという寸法です。
竹針は聞いたことがあっても、これは珍しい説明でした。こうしたところが本書の特徴。さらに発展、衒学的なはなしが西洋史の彼方へ、縦横無尽にとんでいくのです。大学の講義もこうだったのでしょうねえ。
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