[NO.1673] 老後とピアノ

rougopiano.jpg

老後とピアノ
稲垣えみ子
ポプラ社
2022年01月17日 第1刷発行
269頁

著者の稲垣えみ子さんって、NHKの番組『ヒューマニエンス 40億年のたくらみ』のゲストに出ていた人だったんですね。

以前、先生についてソロギターを習ったことがあります。今は残念ながらヘバーデン結節という手指の関節炎のためにレッスンを中断しています。治療のため都内の専門医にかかっていましたが、こちらも中断(?)しています。

ギターよりもピアノのほうが少しは指にとって痛みが少ないのではないか? などという甘い考えから、最近になってピアノ関連書を読みはじめています。

そんなおり、先日読んだ本の翻訳者ということで選びました。

ピアノが弾けるようになる本
ジェイムズ・ローズ
稲垣えみ子 訳
マガジンハウス
2025年07月03日 第1刷発行
77頁

この本がユニークなのは、たった1曲だけを弾くための本であることです。その曲というのが平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番。これがどんな曲であるかというと、本書『老後とピアノ』のなかでは次のように紹介されています。

p.196
 ここでさらに耳寄り情報をお伝えするとですね、曲がりなりにも「ピアノ弾き」となった以上、ひょんなことから人前でピアノを弾く機会があったりするわけですが、その際、聴いていただく人の目をハートにして「わーすごーい」と思っていただけるかどうかは、腕より何より「選曲」にかかっているのであります。そう、我らどうしたって「腕」を気にしてしまうんだが、実は腕はほとんど関係ないのだ。(略)
 この曲(平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番のこと)、実はものすごーくシンプルで、ピアノ経験なんぞこれっぽっちも全くない人だって、少し練習すればそれなりに弾けるようになる。なので、この私も、この曲なら安心して人前でも弾けるわけですが、逆に言えば、これを披露したところで腕自慢にも何にもなりゃしません。
 にもかかわらず、コレを聴かせた人には100パーセント「素敵!」と言われる。
 ちなみに同じバッハでも、もちろんもっと難しい曲はたくさんありまして、そういうのも必死こいて練習してるんでタマにはそっちを披露したりすることもあるんだが、反応は見事にゼロ。もちろん下手っていうのもあるんでしょうが、案外上手く弾けたと思っても、やはり反応ゼロ。

それが 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 なんです。

稲垣さん流にいうと、ピアノ演奏でウケるかどうかは腕よりも選曲が9割。その曲がバッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番。

(こういうことって、ピアノに限らずほかにもけっこうありそうで面白い。)

 ◆ ◆

本書『老後とピアノ』を読んで、2番目に気になったところ
P.200
(手に入れた)楽譜を「拡大コピー」することだ。

とあるネットの記事で「譜読みが苦手な人は、騙されたと思って楽譜を拡大コピーしてみてください。」「それだけで驚くほど楽になります」という、思いも寄らぬ助言を見つけたのである。

......まさに楽になったのだ譜読みが! たったそれだけのことで! だって見える! 音符が大きいので、たくさん音符が重なっていてもごちゃごちゃにならずちゃんと見える! 頼みの指番号もちゃんと見える!

 で、ふと気づいたんですけどね。
 要するに私、老眼だったのか......?
 いや多分、っていうか、確実にそうだったんだろう。
 なので正直、老眼じゃない人に、この「拡大コピー効果」がどれほどあるかはわからない。でも物事には案外、ばかばかしいほど単純で簡単な解決方法があるということを言いたかったのである。
 ちなみに先生にはレッスンで楽譜を持って行くたびに「デカッ」と驚かれております。

これ、すごくよくわかります。〈和音の連続する箇所など拷問。〉と稲垣さんは書いています。まさしくそのとおり。そういうところにかぎって、自分で書き込んだ字がごちゃごちゃしていたりするのです。〈イライラと情けなさで爆発しそう

大きく拡大した譜面だと、本当に楽なんです。試行錯誤の末、このことに行き着いたのは今から15年くらい以前のことでした。自分の書き込みも楽になるので、一概には老眼とは言い切れないと信じていたんですがねえ。

著者の稲垣さんはコンビニで、A4の楽譜をB4に拡大し、デカすぎで譜面台に立たないので、段ボールを切って背表紙を作り、クリップで留めて自作の譜面台を作成したとあります。

私の場合は、同じくA4の楽譜をB4に拡大するときに、用紙の腰が弱くなるのを避ける意味もあり、PCでスキャンしてからA3用プリンターで印字させるときに、腰の強い厚めの用紙(B4版)にプリントアウトさせました。コンビニのコピー機では、持ち込みの厚めの用紙に差し替えることは禁止されていましたから困りました。

ピアノには譜面立てがついていますが、ギターの場合、そうはいきません。三脚で自立する譜面台が必要になります。

譜面台に立てるときは、コクヨの用箋挟B(クロス貼り)A3短辺とじ 品番:ヨハ-48 を使いました。これを複数並べると重くなってしまって、譜面台も2台横に並べましたが、ぐらぐらして不安定です。そこでホームセンターで横長の合板を買ってきて、そこにクリップで譜面を留めるようにしました。

その当時習っていた先生はiPadに足で踏むスイッチ(?)をつないで、楽譜のページ送りをやっていました。大きいiPadは譜面が見やすそうでした。

 ◆ ◆

本書『老後とピアノ』を読んで、一番気になったところ

「ヘバーデン結節」が原因でギターのレッスンを(2度目の)中断しているだけに、身につまされたところが

P146
痛みは突然やってきた

でした。

なにしろ手指の第一関節に針を差し込まれるような鋭い痛みを覚え、いたたまれない症状なんですから。しかも手指の第一関節が変形します。

それでも「脱力」のところは、ひとすじの希望の光が見えた気がしたのです。

P157
「正しい弾き方」なるものは結局は性根を据えてイロハのイから学ぶしかないと観念したからだ。

という心境はよくわかります。ですが、その上でたたみこむように記述する

P161
緊張そのものがダメだった?

には目からうろこが......でした。

P160
「痛みや故障は、筋肉を緊張させたまま演奏することが原因で起こります」

このシンプルな表現の奥深さに気づくと、底なし沼にはまり込んだような気分に襲われます。気合いと根性でエイヤッと挑むことで難しいところを乗り越えるのでは、どうしようもないのでした。

さらに困ったことには、緊張の対義語である脱力をどう身につけるかです。(楽器を)弾く時だけ脱力のことを考えてもできません という名言を述べている動画も見つけました。日常生活の中で脱力できていない人が、いくらやろうとしてもできないというのです。たとえば歯みがきのとき、力一杯歯ブラシをにぎり、力を込めて磨いていませんか? と問いかけます。まさしく自分のことじゃありませんか?

本書『老後とピアノ』の帯にある恩田陸さんの推薦文

実は老後の話でもピアノの話でもなく、私たちがどう生きるかという話だったのにびっくり。励まされます!

ですよ。年を重ね、人生どう生きるべきか? そんな大それたことまでは、こちらはとうてい考え及びません。が、しかしです。手指が痛くて楽器が弾けなくなってから、(それも2度目のレッスン中断中)はや何年経ったことか。

またエクオール、飲んでみようかな。

 ◆ ◆

P264
付録(1)
私が挑んだ曲一覧

きらきら星変奏曲〈モーツアルト〉
ワルツ作品64-2〈ショパン〉
ピアノソナタ第2番第3楽章「葬送行進曲」〈ショパン〉
ピアノソナタ第8番「悲壮」第2楽章〈ベートーベン〉
コンソレーション〈リスト〉
月の光〈ドビュッシー〉
ピアノソナタ第8番「悲壮」第3楽章〈ベートーベン〉
マズルカ第13楽章〈ショパン〉
叙情小曲集第5集より「ノクターン」〈グリーグ〉
6つの小品より第2番「間奏曲」〈ブラームス〉
ピアノソナタ第14番「月光」第3楽章〈ベートーベン〉
5つのロマンティックな小品より「ロマンス」〈シベリウス〉
平均律クラヴィーア第1巻第2番〈バッハ〉
ピアノソナタ第12番〈モーツアルト〉
バラード3番〈ショパン〉
即興曲3番〈シューベルト〉
平均律クラヴィーア第1巻第5番〈バッハ〉
パルティータ第1番全曲〈バッハ〉
ピアノソナタ第17番「テンペスト」〈ベートーベン〉
パルティータ6番 トッカータ〈バッハ〉
ノクターン17番〈ショパン〉練習中 ピアノソナタ第30番第3楽章〈ベートーベン〉練習中
10の前奏曲 第4番〈ラフマニノフ〉*練習中

付録(2)
私の好きな名盤11選

「ショパン:ワルツ全集」(アリス=紗良・オット)
「Fire On All Sides」(ジェームズ・ローズ)
「バッハ・カレイドスコープ」(ヴェイキングル・オラフソン)
「蜂蜜と遠雷 ピアノ全集(完全版)」
「Schubert」(カティア・ブニアティシビリ)
「マイ・フェイバリット・ショパン」(辻井伸行)
「Creat Moments Viadimir Horowitz live at Carnegie Hall」(ウラディミール・ホロヴィッツ)
「Brahms :10 Intermezzi for Piano」(グレン・グールド)
「c1300ーc2000」(ジェレミー・デング)
「Beethoven:The Last Six Piano Sonatas」(ピーター・ゼルキン)
「アイノラのシベリウス」(舘野泉)

参考文献
『ピアニストという蛮族がいる』中村紘子(中公文庫・2009)
『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』トーマス・マーク、ロバータ・ゲイリー、トム・マイルズ、小野ひとみ監訳、古屋晋一訳(春秋社・2006)
『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』古屋晋一(春秋社・2012)