昭和三十年代主義/もう成長しない日本 浅羽通明 幻冬舎 2008年04月10日 第1刷発行 410頁 |
6月に読んだ 『昭和三十年代 演習』(関川夏央著、岩波書店刊)とは、同じ昭和三十年代くくりであっても大違いでした。関川さんの方は、乱暴な言い方をすれば山本夏彦さんの戦前ものが昭和三十年代に振り替えられたような......。
17年も前に書かれたものなので、今からみればいちがいに比べようがありませんが、とにかくおもしろく読めました。週刊誌の記事のように読みやすかったので、途中で放りださずに済んだのかも。ヒットした映画作品だの小説だのを使ったところも功を奏してます。
なにより驚いたのが細かな「注」と巻末の「索引」の多さです。
「注」は各章ごとに章末にあげられています。「索引」は巻末に「総索引」として23ページもありました。学術書なみです。
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2008年に出版されています。下流社会という語句はでてきても、人口減と移民問題はどこにもありません。ましてや円安、インフレと物価高もです。時代はよい方向に向かっているのでしょうか。
橋本治さんの名前が何度も出てきたので、へーえでした。巻末、総索引によれば30回。一生懸命に数えてしまいました。小林信彦さんが6回。このお二方は私も好きです。
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【重箱の隅つつくの助】
P.306
(野口博士のプロジェクトは)自分たちで把握できる作業工程の延長上で、ロケットは飛行士を登場させて飛び、大気圏外、重力圏外へ一瞬であれ出る。
読んでいてびっくりしました。おかしい、変です。ロケットが「大気圏外」へ飛ぶことと、「重力圏外」へ飛ぶことでは大違いです。「大気圏」は、おまんじゅうにたとえれば薄皮のような近距離(国際宇宙ステーション で400キロ)ですが、地球の「重力圏」といえば、地球の重力が及ぼす範囲のことですよね。距離が違いすぎやしませんか。それにたとえ一瞬であっても、その外に出てしまっては、もう地上に落ちてくることは不可能です。
おもしろいロケットの科学(5)<地球からの脱出> から引用 リンク先は、こちら
たとえば地球の重力の影響圏は約92万5千kmです。"地球の重力圏を脱出する"というのは、およそこの距離を超えることをいいます。
ちなみに地球と月との距離は384,400km(重力の影響圏と比べると半分以下)です。浜ちゃんの乗ったロケットは地上から何キロ上空まで飛ぶというのでしょう。
「重力圏外」まで飛ぶというのであれば、本当に約92万5千kmもの飛行をするつもりなのでしょうか。そもそも「重力圏外」に出てしまっては、自由落下で戻ってこられません。あれま!
ネット上に、こんな親切な記事がありました。『宇宙は無重力という大きな誤解の解説』リンク、こちら
浅羽さんは「大気圏外」と「重力圏外」を似たようなイメージでとらえていたのでしょうか。
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【目次】
プロローグ──本書の見取り図 3
第一部 昭和三十年代主義とは何か
第一章 流行と批判──山崎貴監督「ALWAYS 三丁目の夕日」から考える 20
三千万人が泣いた昭和の物語 20
アドバルーン、駄菓子、上野駅、都電...... 22
昭和ブームはいつから本格化したか 25
「台場一丁目商店街」その他の昭和パーク 26
「新横浜ラーメン博物館」に始まる 27
日本映画・TVドラマ・アニメにもあふれる昭和 28
マンガ・小説・DVD・飲食物etc. 30
「亜麻色の髪の乙女」「明日があるさ」から「点と線」リメイクまで 32
韓流ドラマも、純愛ブームも『カラマーゾフ』新訳も昭和である 35
懐古ブームはいつの時代にもあるのか? 36
平成生まれの若者も「昭和」が懐かしい 38
老若男女含む集合的心性が懐かしむ昭和三十年代 39
「昭和三十年代」はなぜ魅力的なのか 40
「夢=元気」と「心=人情」があったから懐かしいのか? 42
昭和ブームを批判する人々──美化と退行への疑問 43
「ALWAYS 三丁目の夕日」はSF映画である 46
肯定論否定論を超えて 49
第二章 嗜好と思想
──原恵一監督『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』から考える 54
ブームに先駆けていたクレヨンしんちゃん 54
希代の名作「!オトナ帝国の逆襲」の衝撃 55
20世紀博の「怪」──洗脳されてゆく大人たち 56
イエスタデイ・ワンスモアの陰謀──甦れ! 昭和 57
思想犯ケンとチャコVS靴下の生活臭 60
出現した夕日町銀座商店街の偉容 63
適役に思い入れする原恵一監督 64
「進歩への懐疑」か? 「子供たちの未来」か? 65
「美化」「退行」という批判も先取りされていた 67
しんちゃんの戦い(前篇)──「ヴァーチャルな昭和」VS「平成の生活臭」 69
しんちゃんの戦い(後篇)──「昭和の生活臭」VS「野原一家の懸命」 70
止揚される「昭和の理念(ゾルレン)」と「平成の現実(サイン)」 73
「美化された昭和」こそ子供たちがめざす未来だ 75
かつて思想家はユートピアを過去に託した──捏造とは構想である 77
昭和「趣味」から昭和「主義」へ 78
川又三智彦社長の昭和村プロジェクト 81
撒き餌としてのレトロ・ブーム──昭和二段階革命 83
昭和主義は社会思想たり得るか 84
昭和の「心=人情」の正体を探れ
第三章 協同とやりがい──橋本治「虹のヲルゴオル」ほかから考える 88
実は殺伐としていた昭和 88
人情ものが照れずに成立する昭和 89
「三丁目の夕日」の人情は「不純」だった 90
逃げたくても逃げられなかった女たち 92
「人情」を引き締めた「必要」という筋金 93
橋本治の思想──愛よりも金よりも「やりがい」を 95
「貞女への道」衣服を家庭で仕立てた昭和 97
誰もが「やりがい」を得られた「不便な昭和」 99
福田恆存の労働論──「附合ふよすが」 102
裁縫とミシン──家庭に産業革命があった 106
「不便」「苦労」「貧困」からの離陸で失われたもの 107
家族協同体の変質──生産から消費へ 108
「ALWAYS 三丁目の夕日」にはサラリーマンが登場しない 110
第四章 下町と恋愛──野村孝監督「いつでも夢を」から考える 115
「夢=元気」の在り処(ありか)──現場労働か、ホワイト・カラーか 115
鈴木オートか、社長秘書か──六子の夢と現実 118
定時制はなぜ差別されたのか 119
高学歴社会の成立──商工業科高校が没落してゆく 120
なぜ「普通科」が求められたか──関曠野の考察 121
オルタナティヴな可能性──組合社会主義(サンディカリズム)の夢 124
皆が都会のサラリーマンに憧れた 127
監視共同体だった三丁目商店街 129
社内結婚という自由──サラリーマン社会という準近代 133
懐古されない昭和──三等重役・若大将シリーズ・無責任男 134
「プロジェクトX」の成功──その真の理由 136
「ごちそうさま」から「おつかれさま」へ──顧客が見えなくなった職場 138
昭和には現場があった──失われた「やりがい」と「てごたえ」 140
「夢=元気」と「希望」が「昭和三十年代」を終わらせた 141
第五章 消費と定常型社会──佐伯啓思「成長経済の終焉」から考える 145
右肩上がりは懐かしくない 145
高度成長の破壊と建設は描かない「三丁目の夕日」 147
構造改革が急増させた中高年自殺者 148
不況の真因──消費者にはもう買いたいものがない! 149
成長の終焉──消費者の欲望が限界点に達した 151
成長経済という過酷銭「終わりなき向上への強制」 152
定常型社会──成長なき豊かさの可能性 155
むしろ高負担高福祉で安心したい消費者大衆 156
皆が不幸となった景気回復 158
昭和ユートピアを終焉させた高度経済成長 160
戦前、焼け跡、復興、そして再びの破壊 162
昭和初期下町──レトロ・モダンのユートピア 164
東京オリンピック──町殺しの革命 165
高度成長革命(1)──その心情とメカニズム 166
高度成長革命(2)──戦後的「近代」への飛翔 169
革命の終焉と「成長」信仰の延命 171
高度成長永久革命──成長の自己目的化と暴走 173
昭和ユートピアは成長信仰の代案たりうるか? 176
空想から科学へ──川又社長はオーウェンである 177
第二部 折り返し点を過ぎた日本
第六章 上昇志向とマスコミ幻想──宮部みゆき『模倣犯』から考える(前篇) 184
「ひとり勝ち」作家が描いた平成の「悪」 184
全能感を生きたい「孤独な王」 186
嫌「就職」症候群──ニート的全能人生 188
劇場型犯罪のほうへ──王国拡張の果て 190
被害者たちをも脚光で照らす劇場型犯罪 191
「新しさ」と「刺激」を「消費」する時代の果て──半退屈の偏在 195
文化バブルとその終焉──「ナウのインフレ」から「ナウの枯渇へ」 197
「ナウ」の起源──下町からオフィス街、そしてカタカナ業界へ 199
バブル崩壊──「ナウ」の飽和と残った後遺症 201
事項実現バブルがはじけたとき──自殺・犯罪・ハルマゲドン 203
彼女たちのバブル崩壊──HANAKO族の妹としての援交少女 205
全国民へ瀰漫(びまん)した毒──「刺激」と「独創」 206
正義の肖像(1)──豆腐屋主人有馬義男七十二歳 207
正義の肖像(2)──蕎麦屋手伝い高井和明二十九歳 208
知識人の論理という退廃──「鳥瞰」「深層分析」から相対主義へ 210
「当事者」の立場を忘れない倫理──二人のヒーローはなぜ強かったか 213
昭和三十年代的英雄像──不幸が鍛えた人格 216
第七章 定番キャラと社会──宮部みゆき『模倣犯』から考える(後篇) 221
「平凡」と「自己実現」のジレンマ──ルポライター前畑滋子の症例 221
ルポルタージュの罠──その本来的犯罪性 223
物書き、この反世間的職業──前畑昭二の不快 225
ルポルタージュと劇場型犯罪──人々へ「意味」を賜る王たち 226
リヴァイヴァル・ブームとは何か?──独創から定番へ 229
「新・旧」という評価軸の消滅──独創もリヴァイヴァルも等価な時代へ 232
バブルただなかの予言──『物々巻』、レトロとエスノを分析する 233
「新しい」から「わかりやすい」へ──原点が需要されはじめた 235
純愛・韓流・時代劇──定番復興は止まらない 236
定番(オーソドックス)から古典(クラシック)へ──『カラマーゾフの兄弟』ベストセラーに 237
「定番・古典」から再構築される「教養」「伝統」 239
「模倣(パクリ)」と「役柄(キャラ)」からの再出発 240
第八章 地元つながりと普通
──宮藤官九郎「木更津キャッツアイ」シリーズから考える 245
堀江貴文──最後のバブル・ヒーロー 245
地元アソビの青春──木更津から来た「普通」 247
地元とは何か──離陸を考えない若者たち 249
宮城にも池袋にもあった「地元」性 251
ジモティ・地元つながり・学校つながりの時代 253
自動車教習所と携帯電話がつなげたもの 253
減速してゆくナウ信仰・東京信仰・上昇信仰 256
普通とは何か──「生きること」を見直す 257
「自己実現」幻想が「普通」をわからなくした 259
ジモティは「自分」をどう肯定するか──斎藤環氏の二極分化説 261
「ひきこもり系」と「つながり系」──二極分化の諸相 262
寄り合いとお祭り──平成「ムラ社会」と「荒れる成人式」 264
日本の若者たちは個人主義を捨てはじめた 266
「空気を読め!」と「キャラ重視」──共同体倫理のほうへ 267
キャラを磨く生き方──上昇なき社会での「成長」 269
フラット・キャラクターの時代──英文学と落語に学べ 270
空気を読めない人気者(ぶっさん)とアイドル・ホームレス 272
昭和の地名と商店街──健在なりし日のコミュニティ 274
町内コミュニティから企業内コミュニティへ 276
地元コミュニティの将来──その「機能」と「価値」 278
地縁コミュニティへの学校つながり導入──岸和田だんじり祭の例 279
木更津キャッツアイ、ゼネコンと戦う 282
第二第三の夕張と木更津を! 285
第九章 祝祭と共同体──岩本仁志監督「明日があるさ THE MOVIE」から考える 293
サラリーマンは待ちゃん、奇人博士と出逢う 293
仕事のなかにある夢、仕事ではかなわぬ夢 295
宇宙ビジネスは「男の夢」足り得るか? 296
高度成長──「金儲け」が夢となる前提 298
退職金で買ったクルーザー──ミーイズムの夢はもう見られない 300
成長なき時代のサラリーマンとお受験 302
日本初の有人ロケット打ち上げに「意味」はあるのか 303
SF的非日常──有人ロケットが「夢」となる条件 304
「遊びの時空」が生きる意味をもたらす 308
全日常の色合いを変貌させる祝祭──三瓶がヒーローとなる瞬間 309
商社マンも専業主婦も相対化してしまう「夢」計画 311
祝祭──成長なき時代に「意味」をもたらすもの 313
阿部真大の報告(1)──下流若年層と夢追い 314
阿部真大の報告(2)──祝祭への回収 316
「カーニヴァル化する現代」──鈴木謙介の仮説を超えて 317
マイ祝祭で日常にメリハリをつける女性たち 319
祝祭の偏在化──よさこいブーム・小泉郵政解散・東京マラソン 321
社会を意味で潤すもの──祝祭か、成長か 323
祝祭の成熟へ──そのとき、近代は超克される 326
プロ野球改革から革命へ──『球は転々宇宙空間』を読む 327
スポーツが祝祭へ還る日 329
野球チーム「名古屋グランパス」──地元チームの時代へ 331
第十章 分際と演戯
──山崎貴監督「ALWAYS 続・三丁目の夕日」&筒井康隆『美藝公』から考える 336
「ALWAYS 三丁目の夕日」続篇が公開された 336
日本橋の青空・特急こだま号・日本映画全盛 337
「建ちかけの東京タワー」から「失われゆく日本橋の空」へ 339
失われたユートピア像が告発する高度成長と平成 341
今からでも復興できる続篇の昭和 342
「鉄ちゃん」「鉄子」ブームはこだま号を復活させるか 344
日本映画復興──時台は歌手よりも女優を夢見はじめた 344
平成から夕日台三丁目へ落ちてきた続篇の来訪者たち 347
格差拡大・貧困・下流化──リアルな昭和三十年代がやってきた 350
勤勉・忍耐・地道へのソフト・ランディング 352
「一つまみの不幸」が皆をけなげにさせた昭和 354
治まる御代には失業有り──甘えから目覚める崖っぷち 356
コミュニティ復興への模索──不幸の受け皿はいずこに 358
生活スキルを厭わず身につけた者がエリートとなる時代 360
昭和三十年代の可能性を開花させたユートピアのほうへ 362
筒井康隆『美藝公』を読む千映画立国日本 363
日本が経済大国を目指していたら──陰惨なる不満社会 366
昭和三十年代は歴史の分岐点か──ありえたもう一つの戦後史 368
映画芸術立国は、経済は手段にとどめた中進国である 369
「人生は活動写真」──皆が皆、役柄を全うする階級社会へ 371
エピローグ──警告は必死的な羽撃きによって 378
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