[NO.1632] 成瀬は信じた道をいく

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成瀬は信じた道をいく
宮島未奈
新潮社
2024年01月25日 発行
199頁

本屋大賞受賞『成瀬は天下を取りに行く』につづく成瀬シリーズ2冊目。とりあえず本作では嫌な人が出てきません。前作では、西武ライオンズのユニホームを着ていても、「そいつは偽物だ」「嘘言え! そうやって誤魔化そうったてダメだからな!」と絡んできた男、また小学生時代のいじめっ子たちが出てきました。けれど、『成瀬は信じた道をいく』には、みんな善(よ)い人ばかり。安心してストーリー展開に身を任せていられます。(ハラハラはなくても、おやおやはありました。)もちろん、そこは成瀬さん(シリーズ)ですから、予想外の展開にあちこち引っ張り回されます。それでも最後にはクスッと笑って温かい気持ちにつつまれる作品ばかりです。ハートウォーミング・ストーリー!

とにかく読みやすい。深夜になっても読書を中断できずに一気呵成、つい油断したら深夜でした。読み終えたときに、(恥ずかしながら)「あー、面白かった」とひとり胸の中でつぶやいたのを覚えています。

シリーズの1巻もでしたが、こちら(2巻)はさらにすらすら読めました。この成瀬シリーズへ向ける読者からのニーズが、このあたりにあるのだろうと、作者も的を絞った気がします。とぼけたユーモアをまぶしたストーリー展開のなか、成瀬の堂々とした言動がなぜか周りの人たちを安心(納得)させてしまいます。ドラマ化や映画化を前提に企画された読み物シリーズみたい。小学生にだって受けいれられそうです。

本作に収録された短篇のなか、唯一「小説新潮」に掲載された短篇「やめたいクレーマー」が、いちばんふくらみの大きな作品でした。逆に考えると、成瀬シリーズの趣旨からは遠のくのかな。

最後に置かれた作品「探さないでください」で、ここまでの伏線を(1巻も含めて)きれいにさらってくれるという読者サービスには、感謝です。連作シリーズものの王道というか、まるで人気ドラマの最終回みたいでした。うん、うん、読者の自分は、ちゃんとわかってますよ! みたいな。

 ◆ ◆

成瀬のキャラクターについて。読者サービスのように説明が付加されます。

1)【成瀬にも自覚はある】(ターミネータじゃないぞ)

P.24「ときめきっ子タイム」から
「もしかしたら、北川は島崎がいなくなることで、バランスが崩れるのが不安なのかもしれない」
 思ったことを言い当てられて、わたしはぽかんと口を開けたまま成瀬さんを見た。
「わたしも島崎が東京に行くと聞いたとき、心身のバランスを崩したんだ。きっと自分の世界に穴が空いて、そこに足を取られたんだろうな」

→こんなに的確で繊細に心理分析できるとは! 思い出しました。1巻にそんなこともありましたっけ。思い出すと、まるでターミネーターが調子を崩したみたいです。けんだままでできなくなったり......。ナイスアドバイスをくれたのが、ぬっきー・大貫かえでさん。とぼけた味が可笑しくて。

2)(父慶彦にとって)【成瀬あかりはディープインパクト】

P44「成瀬慶彦の憂鬱」から
 思えばあの頃のあかりは本当にかわいかった。慶彦のことを「パパ」と呼び、帰宅すると玄関までてちてち出てきて抱きついてきたものだ。
 今のあかりだってもちろんかわいいのだけど、どこか「思ってたんとちゃう」という違和感が拭(ぬぐ)えない。
(途中略)
......だれに似たのだろう。先月受けた大学入学共通テストも膳所高で一番だったそうで、担任からは京大の二次試験も普通に受ければ普通に受かると言われたらしい。
 だいたい、教師なんて「最後まで油断しないように」と言うのが仕事じゃないのか。まるでディープインパクトのようだと慶彦は思う。
 二〇〇五年十月二十三日。当時三十二歳の慶彦は、大学時代からの友人たちと京都競馬場にいた。
 その日はディープインパクトの三冠がかかった菊花賞の日。
(途中略)
 美貴子から妊娠を告げられたのはそのすぐ後だった。(以下略)

3)【はい、その気になれば話せます】

P.62「成瀬慶彦の憂鬱」から
「成瀬さんは昔からそういうしゃべり方なの?」
「小学一年生ぐらいのときから自然とそうなった」
(慶彦の回想)今振り返れば、一気に今のような話し方になったのではなく、グラデーションのように変化していった気がする。途中でちょっと変わってるなとは思ったのだが、美貴子が気にしていたいようだったので、慶彦もそういうものかと受け容れていた。

これって、不要でしたね。可笑しかったのが、「コンビーフはうまい」のなかで篠原かれんに言われると、なあんだ!普通にしゃべれたところ。笑ってしまいます。

P.140「コンビーフはうまい」から
「成瀬って、ですます調でしゃべれるの?」
「はい、その気になれば話せます」
 いつもの成瀬と様子が違いすぎてわらってしまった。(途中略)大津市の観光情報を丁寧語でぺらぺらしゃべる成瀬は、普段無口なのにカメレースのときだけ饒舌(じょうぜつ)になる飼育員みたいだった。

「カメレース」って、いったいどこから出てくるのでしょうか? そういわれると、いかにも夕方のニューストピックに取り上げられていたかも、と読者に思わせてしまう宮島さんの筆力、技量。

 ◆ ◆

【成瀬宅電話番号の覚え方】(コンビーフはうまい)

P.117「コンビーフはうまい」から
「なんでこれが『コンビーフはうまい』になるの?」
「聞いていてくれたんだな」
 成瀬はなぜかうれしそうに、コンビーフはうまいの由来を説明してくれた。語呂合わせだけではなく、おいうえお表の順番や文字の画数を持ち出したりかなりムリのある理屈だったが、不思議なもので一度聞いたら覚えた。
「困ったらいつでもかけてくれ」

成瀬のせりふがいい。
「困ったらいつでもかけてくれ」

山内義雄訳のマルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』みたい。

いつでも来て/くれたまえ
メーゾン・ラフィットへ

ところで、五十音表や画数を使ったとして、電話番号は何番だったのか。大学入試での受験番号108より、ひねってありそうです。ネタじゃなくて、(この流れからいって)本当にその番号が実在してそう。


【児童の前で行儀悪いぞ

P.11
 机に座っていた校長先生がこっちを見た。

机に向かっていた あたりでしょう。机に座っちゃ、いけません。

【重箱の隅つつくの助】

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【目次】
ときめきっ子タイム
成瀬慶彦の憂鬱
やめたいクレーマー
コンビーフはうまい
探さないでください

【初出】
「やめたいクレーマー」(『小説新潮』2023年5月号)
ほかは書き下ろしです。
なお、単行本化にあたり加筆・修正を施しています。

で、気になってしまったのが、物語内での時間です。なぜなら、「探さないでください」のラストシーンで島崎さんが思う内容は

P.109
 小さいころは二〇二六年なんてずいぶん先だと思っていたけれど、あっという間にこっこまで来た気がする。成瀬は二百歳まで生きると言っているから、二二〇六年になってもこの世にいる。

つまりこの時代は二〇二六年ってことらしい。(未来じゃん!) っということなら、2025年の紅白歌合戦には三山(みやま)ひろしの歌に合わせて、けん玉チャレンジがあるというらしい。そもそも三山ひろしさんは今年2025年の紅白にも出場するのか? 出場するのだろうなとは思いますが。

いったいどんな理由から、こんな設定にしたのか考えてしまいました。理由はシンプルですよね。

〈成瀬〉シリーズのトップ、「ありがとう西武大津店」でデビュー(?)した成瀬さんと島崎さんは、西武大津店が閉店した2020年には中学2年生でした。この時間軸を敷衍すれば、大学1年の新年は必然的に2026年です。

2020 中2
2021 中3
2022 高1
2023 高2
2024 高3
2025 大1