[NO.1572] 旧共産遺産

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旧共産遺産
星野藍
キララ社
2019年06月15日 第1版第1刷発行
223頁

世に廃墟マニアなる人たちがいるといいますが、ここまでのものを見せてもらえるとインパクトが違います。何枚かの写真は脳裏から離れないでいます。

当たり前のはなしですが、旧共産圏で写真を撮るのはリスクが大きいのだそうです。まず、お金がかります。危険度がとんでもなく高くなります。治安の面からは、暴漢に襲われる危険も増すし、いたるところに埋められている地雷の怖さが加わります。撮影中に観光客が足を吹き飛ばされたという説明がありました。ファインダーをのぞいていて、うっかりみんなが踏み固めた道の跡を少しでもはずれてしまえば、埋もれている地雷に吹き飛ばされてしまうのだそうです。

写真集であっても、目次は必要でしょう。この本には目次がありません。そもそもページが振ってすらない。その点では不親切です。でも、いきなり目に飛び込んでくる被写体のアップを見れば、そんなのは吹き飛んでしまいます。写真集にしては文章の量が多いのは、星野藍さんの熱量のあらわれでしょう。

冒頭のケレンフェルド発電所に見られるアール・デコの美しさにひきつけられました。朽ちていくミグ戦闘機や蔦のからまる巨大な遺構ともいえる建造物が並びます。

いちばん特徴的なのは、スポメニックです。この言葉について説明がありました。

スポメニックとはセルビア語、クロアチア語で「モニュメント」を意味する戦争記念碑のこと。SF映画に登場する未確認生物のようにも見える。

「SF映画に登場する未確認生物のよう」にしか(どうしたって)見えません。フォルムが面白い。まるでジブリの『天空の城ラピュタ』かアマゾンプライムビデオのオリジナルドラマ『ザ・ループ TALES FROM THE LOOP』の世界のような建造物の群れがごろごろ登場します。

どちらかというとユーモラスにさえ見える形のものもありますが、現地の人にとっては許すことのできない存在でもあるスポニック。それが廃墟になっているのです。近未来を思わせる形なのに、どこか郷愁をさそうところは、前述のドラマ『ザ・ループ TALES FROM THE LOOP』に描かれた世界と通じます。

広大な空港が廃墟となった風景は、ジブリに出てきそうな世界とでも呼べばいいでしょうか。

過ぎ去った過去の遺産、苦しみの証人、勝利の証、戦争への怒りの象徴等々、込められた思い。

本書のタイトルにある「旧共産」に矛盾する「ギリシャ」「キプロス」があるのは、書名が決まる前から構想していた内容が「バルカン半島の遺産」さったからだそうです。バルカン半島は旧共産遺産の宝庫だと星野藍さんはいいます。

これらのモニュメントが建造されたのは、1950年代から1990年代にかけてのユーゴスラビア社会主義連邦共和国チトー政権時代だ。第二次世界大戦(人民解放戦争)時の枢軸国による占領や人民解放軍の闘争の記録として、そして共産主義の理想的世界への政治的プロパガンダとして何百も造られた。多くのモニュメントが大きな円形劇場のような造りをしているが、それはユーゴスラビアの歴史、神話、そして政治思想を子供たちに教育するための野外教室として利用したり、愛国主義の名の下、若き先駆者たちによる政治的集会を行う場として開放するためだった。

文体が独特。漢字が多いのかな。

この地域が、いったいどれだけ悲惨な目にあったのか。冬季オリンピック会場が戦場になったり。内戦の辛さが繰り返し出てきます。

 ◆  ◆

【収録写真】

ハンガリー
ケレンフェルド発電所
リトル・モスクワ
戦闘機の墓場

クロアチア
人民蜂起記念碑
モスラヴィナの革命記念碑/石の花
軍事基地の廃墟

ボスニア
サラエボ五輪跡

モンテネグロ
自由の記念碑
円形劇場/戦争の歯車/フォークのモニュメント

セルビア
セルビアのスポメニック群

コソボ
コソボ国立図書館とセルビア正教会

アルバニア
廃工場
トーチカ
アルバニアのモニュメント

マケドニア
イリンデンモニュメント
無敗の埋葬塚
自由の花

ブルガリア
共産党ホールの廃墟
世界で一番重たいモニュメント
ブルガリアとソビエトの友好記念碑
ガラス工場の廃墟

ギリシャ
廃列車の墓場

キプロス
廃空港


【追記】

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アマゾンプライムビデオに見覚えのあるスポメニックを見つけました。映画『最後にして最初の人類』として、2021年7月23日に劇場公開されていました。

1930年刊行のオラフ ステープルドン原作(2004年、国書刊行会 刊)というSF小説をもとにしているとのこと。

映画自体は白黒の70分間。全編、ひたすら例のスポメニックがじっくり映し出されているだけです。人物などはまったく出てきません。環境ビデオみたいな感じ。原作小説の部分だそうですが、女性の声で、これもゆっくり朗読が流れます。監督・脚本・音楽を担当しているヨハン・ヨハンソンの音楽がバックに流れます。坂本龍一さんがお友達だったと公式サイトのコメントにありました。いかにも、な感じの現代音楽です。うるさくはありません。

映画公式サイトのリンク、こちら

ついでに、スポメニックのネット上で見られる写真についてです。ネットでは数多くのページでスポメニックの画像を見られますが、プロの写真家(星野藍さんも写真家ですが)のサイトを紹介します。

ベルギーの写真家Jan Kempenaersさん。リンク、こちら

関連リンク 星野藍さんのサイト「無何有郷 MUKAUNOSATO」