[NO.1563] 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと

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喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
山下賢二
夏葉社
2021年07月16日 第1刷発行
117頁

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《177×114mm》というリトルプレスみたいな手のひらサイズでありながら、きちんとしたハードカバーの体裁で造本されている。まるで詩集のような雰囲気。

しばらくページをめくるまで、語り手が松本隆だってことに気がつかなかった。前書きにも、本文のあたまにも、どこにも聞き書きだよなんてことわりもなくて、いきなり文章がはじまっているから、てっきり山下さんが語っているものだとばっかり思ってしまった。

まあ、たしかにタイトルにありますよ。『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと』、そのままってことですね。この本は、著者山下さんが松本さんから聞いたことでした。装丁もだし、このタイトルからも、詩集っぽいエッセイ集なんだろうって、先入観をもってしまったのかもしれない。表紙の写真は、間違いなくあの松本隆だし、内扉からぱらぱらめくって出てくる格好いいセピア色の写真も......。まるごと一冊がインタビュー集だなんて、まったく思いもしませんでしたよ。

恥ずかしながら、そのことに気がついたのは P21 までいってからでした。

P21
 僕が始めたのは一九歳の冬。エイプリル・フールってバンドが解散して、次にはっぴいえんどっていうバンドをつくるときに、どうやって認められるかってのを考えたの。

あれ? 著者の山下さんって、書店の人だったはず。エイプリル・フールって、あのエイプリル・フールのこと? 一枚だけだして解散したというLPは、自慢ですが持ってますよ。そのあとつくったバンド?? さすがに、ここで語り手が松本さんだってわかりました。70年代、はっぴいえんどは大好きでした。73年の文京公会堂には行ってませんが。

途中、変だと思うところがないわけじゃなかった。本文の冒頭、いきなり歌の詞をつくることだったし、たまにオザケン(小沢健二)に会い、細野(晴臣)さんとはたまにしか会わないとか。「12月の雨の日」はどうやって書き直すんだよって思う。ってとこが出てきて、?? これって、はっぴいえんどの曲名にあったぞ? とか、自分で書いていて、間抜けな天然ぶりにあきれてしまう。

1947年生まれの松本さんに、1972年生まれの著者山下さんがインタビューしたのですね。いつもなら90パーセント以上の確率であとがきから目をとおすのに、こんな小さく薄い本などという気持ちから、読んでいませんでした。あとがきを読んだのは、ちゃんとページに沿って読んだので、最後になってからでした。このあとがきこそ、山下さんの視点でいいんだよね? ってひとり、だめ出ししました。

 ◆ ◆

インタビューの内容は、思いがけず赤裸々に喋っているなと感じました。

P2
 僕のいちばん大きな三叉路は、サラリーマンになるか、作詞家になるかを決めたとき。
 僕の父親は大蔵省に勤めてたから、金融関係のコネはあった。銀行だったら、だいたいどこでも入れそうな感じだった。
 でも、僕は作詞家の道を選んだ。
 保証はなかったけど、自分の好きなことでお金を稼げるかもしれないと思ったから。

これまでにも、松本隆著『微熱少年』やはっぴいえんど関連の本や記事を読んできたけれど、父の職業やこんなあけっぴろげな発言は、見たことない気がする。今の時代、不遜ともとられかねない。ツイッターなら炎上ものかな。

全編が、こんなふうなくつろいだはなしっぷり。それだけインタビューが優秀だということかな。それと、あらためてここを読めば、話者と聞き手の関係を間違えたことに気がつきますね。

P69
 一時期、「DAT」ってカセットよりもいい音で録音できるテープをつかっていたことがあって、松田聖子とかの録音をそのテープに起こしてたわけ。で、DATが僕のところにも配られると、ディレクターが来て、「このDATは回収しますから」って言うの。「なんで?」と聞いたら、「単価が高いから」。
 僕の詞で稼いでいるのに、どうしたらそういうセコい発想が出てくるんだろう? みんな来週くらいまでのことしか考えてないわけ。来週一位をとるかどうかだけの世界ね。一〇年後なんて誰の頭にもない。
 だから、僕はいつも怒ってた。僕は自動販売機じゃない。一〇〇円入れたら詞がポコって出てくると思ったら大間違いだって。

赤裸々といったのは、こういうところ。出川さんじゃないけど、リアルです。

妹さんについて、こんなに具体的なことまで出していいの? ってことまであって、びっくり。生まれたときのこと、短大出たあと勤めた先の更衣室で......とか。 P27「細野さんと柳田ヒロがうまくいかなくなって」エイプリル・フールが解散したとか、はっぴいえんどのメンバーとのあいだについてなど、マニアには嬉しいエピソードもあった。

おもわず笑ってしまったのが、「オリジナリティ」についての、次のところ

P61
 僕が作詞家になって最初に言われたのは、「二小節まではパクっていい」っていうこと。三小節は訴えられる(笑)。
 はっぴいえんどがデビューした一九七〇年っていうのは、そんなに今ほどパクリ、パクリってうるさくない時代だった。(途中略)みんなまだ試行錯誤で、曲とかもいろいろパクってると思うよ。大滝さんも、細野さんもね。

 この二小節までは......、というのはラジオやテレビ番組でもやっていた記憶がある。歌詞だけじゃなくて、作曲でも同じだと言っていたはず。3小節だとアウトだけど、2小節までならOKというはなし。

 71年ころだったか、吉田拓郎と小室等のふたりがやっていたラジオ番組で、どれだけ自分たちは(おもに洋楽から)影響を受けたのか、を告白していた。懺悔とともに流れてくる彼らの曲を聴いて、あまりにそっくりなことに笑った。ついでに自分たちふたり以外の(よそ様の)作品もばらしちゃえということで、そうした疑惑のある曲(と元ネタの曲)を紹介してしまい、当然のことながら、そのコーナーは長く続かなかった。今なら訴訟ものかもしれない。たとえば、「六文銭メモリアル」収録の「へのへのもへじの赤ちゃん」は、どうしても作曲がしめきりに間に合わない......ということで、偶然? その場に流れていたビートルズのレット・イット・ビーの雰囲気を......という話。イントロから歌い出しまでの部分のコード進行がほぼそっくり。ただし、カントリー調なので、まさかの有名曲とかぶっているとは誰にも思われやしないという大胆さ、なんだそうです。小室さんが告白し、拓郎が大笑いしてました。

いま、ネット検索すると、これって無料で聞くことができました。もちろん全曲じゃないけれど、かんじんのイントロのところが聴けます。リンク、こちら。 「六文銭メモリアル<完全限定プレス盤> 」2枚組なので、その1枚目の7曲目「へのへのもへじの赤ちゃん」です。作詞は別役実、雨が空から降ればと同じですね。

 ◆ ◆

【人名についての抜き書き】

P25
ビル・エヴァンス
石浦(信三・元はっぴいえんどマネージャー)
ワルター「運命」
クライバーン「チャイコフスキー ピアノ協奏曲第一番」

P26
 ませてたんだよね。中学生で好きな小説家がジャン・コクトー。その流れでストラヴィンスキーの「春の祭典」とかさ。

P38
 僕には座右の銘があって、いちばん重要なのは物語。それは作詞家だからそういうわけじゃなくて、人生にとって重要なんだと思う。太宰治とか宮澤賢治とか、みんな物語を持ってるでしょ? 芥川も、中原中也も。

P78
 虚無ってあると思うのね。なんでかっていうと、二〇世紀以降の芸術とか哲学とか全部虚無なんだと思うの。シュルレアリスムの根っこも虚無だし、ジェイムズ・ジョイスとか、ランボーもそうだし、ボードレールもそう。だから僕もそういう意味ではベースは虚無になる。

P92
ボブ・ディラン
ジョン・レノン
モービー・グレープ
グレイトフル・デッド
ビートルズ
フィル・スペクター
ロネッツ「ビー・マイ・ベイビー」
P92
バッファロー(・スプリングフィールド)
ザ・バンド

P96
ザ・ゴールデンカップス
スパイダース
ザ・ハプニングス・フォー

【目次】
カフェ火裏蓮花(かりれんげ)にて 京都市左京区
 SNSについて/天才に会う/才能について/認められたい/ビートルズについて/二〇歳のころ/細野晴臣/不安について/妹について

ジャズスポット ヤマヤにて 京都市左京区
 物語について/わからないこと/時間の使い方/お金について/倫理について/孤独について/音楽について/

イノダコーヒー本店旧館にて 京都市中央区
 詞のつくり方/オリジナリティについて/日本語について/教育について/あの頃について/筒見京平と太田裕美/数字について/虚無について/非難について/

かもがわカフェにて 京都市上京区
 発想について/センスについて/賢さについて/遡ることについて/意思を持つ/戦うということ/恋について/友情について/

本物の「君」  山下賢二


山下賢二さんつながりで、こんな絵本を読んでみました。

やましたくんはしゃべらない/こんな子きらいかな? 3
山下賢二 作/中田いくみ 絵
岩崎書店
2018年11月30日 第1刷発行
書き文字 たかはしさん...山田夏碧/やましたくん...山下賢二

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つまり、黒板にある文字が「やましたくん」の直筆かな?

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奥付にこんな記述がありました

本書は2016年に夏葉社より刊行された『ガケ書房の頃』(著・山下賢二)所収のエピソードを元に作られた絵本です。