[NO.1479] ベーシックインカム

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ベーシックインカム
井上真偽 著
集英社 刊
2019年10月10日 第1刷発行
249頁

井上真偽さんの小説は初読。ミステリー仕立てのSFの体裁だが、宇宙船もタイムマシンも出てこない。現在の日本の小説ではSFというジャンルのカテゴリーが昔と違うので、今さら異を唱えるつもりもない。近未来を描いた内容も書店にあふれていよう。夏目漱石は小説とは何を書いてもよいと言ったというが、いい時代になったのだろう。

短編小説が5作品、どれも面白かった。しいて順番もつけられないかな。完成度では最初の「言の葉の子ら」が高かった。どの作品もストーリーがひねってある中、最後の「ベーシックインカム」がラストに向けて二転三転する展開だった。

森博嗣さんの作品を予想していたのだが、森さんほどメカニックに重きを置いた作風ではなかった。ちょっと喩えは違うが、ミステリーでいえば北村薫さんの日常を描いた心理もののほうが近い作風に感じた。「いじめ」「エンハンスメント」「ベーシックインカム」等、今の社会性を含めているところも特徴。

共通点は、森博嗣さんの「四季シリーズ」のような最初の頃の作品にみられた「こじつけ」っぽいストーリー展開のところ。若書きというか、ちょっと無理を感じるというのか。

「言の葉の子ら」では浮気が原因というところ。そんな簡単なものでもないよね。
「存在しないゼロ」ではテーマと材料とに齟齬のような違和感が残る。夫の自殺原因はまだしも、遺体の腕を口にするところ。武田泰淳の『ひかりごけ』を想起する。
「もう一度、君と」は妻が身を隠した原因に納得しきれず。再開するところも安易かな。雑誌掲載の枚数制限がそうさせているとか。
「目に見えない愛情」は父親も視覚障害者だったという伏線をもっと伏せておいてもよかったような。じわじわと読者に予感させようという意図があったのかもしれないが、どうしたって、これだとわかってしまうでしょ。じわじわ迫ってくるのはホラーでいい。甥がお金を使い込んだというのが嘘だったという展開を盛り込む過程で、はしょらざるを得なかったのかな。
「ベーシックインカム」は教授が使い込みをしたのが自分の贅沢のためと思わせておいて、実は社会のために理想を実現させたいがためだったというところ。教授が身につけているコートだの腕時計だのが高価な品々だという描写が多い割に、その後、そう思ったのは主人公である自分の思い込みだったというネタばらしの部分が短くて、あれよあれよの展開。それを狙ったのでしょうが、違和感が残る。こちらの読み込み不足なのかな。TV番組『相棒』で、ときどき扱われる「研究者もの」みたい。

なんだかケチをつけてばかりいるみたいになってしまった。読んでいて面白かったのだから(これが一番重要だよね)、作者には感謝せねば。

テーマと題材がそれぞれの作品に盛りだくさんだったというところが本書の特徴です。違和感を覚えるとすれば、それは枚数の少なさのような気があらためてしてきました。最後の作品「ベーシックインカム」にあった、作家である主人公が書いた短編に共通するテーマと、それをまとめて一冊の本にするためには、もうひと作品が欲しいという設定が、そのまま本書の構成になっているあたりに魅力を感じざるを得ません。マニアックな読者はリピーターになりたくなるところですよね。

【細かいところ】

「言の葉の子ら」
比喩(オノマトペ)が面白い。
P17 ずぞぞ → お茶をすする様子

他のオノマトペが片仮名を多用していたけれど、平仮名でもよかったのではなかったかな。

今、はやりのAI、深層学習、コーパス等々が出てくる。巻末に紹介された参考文献にはその点の分野が見当たらないので、もしかすると井上真偽さんの得意分野なのかと想像してしまう。

読者に突然公開される主人公の形態が可笑しい。

P41
表情表現の3Dアバターを投影する液晶パネルとカメラ等の視聴臭味覚機能を備えた『頭部』。人体に危害を加えられないようなパワーを抑えた、触覚センサー付きの二本の金属製『アーム』。速度は出ないが安定的に自律歩行可能な、蜘蛛足型の『四足脚部』

まるでEテレ「ロボコン」に出てくるような形状なのかな。