[NO.1461] 中野のお父さんは謎を解くか

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中野のお父さんは謎を解くか
北村薫
文藝春秋
2019年03月25日 第1刷発行
333頁
挿画 増田ミリ
装丁 大久保明子

前作『中野のお父さん』の続編。4年間のタイムラグを感じさせず、シームレスに話の中に入っていけた。正直言って、前作の謎解きそのものは忘れていたけれど、編集者の娘さんとお父さんとの楽しかった雰囲気は、なんとなく記憶にあり、今回も十分に幸せな読書時間をもらった気がする。殺人が出てこなくとも、日常の謎解きに引きこまれた。

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短編、全九作。初出『オール読物』2016年五月号~2018年十二月号。

作品名
縦か横か/水源地はどこか/ガスコン兵はどこから来たか/パスは通ったのか/キュウリは冷静だったのか/『100万回生きたねこ』は絶望の書か/火鉢は跳び越えられたのか/菊池寛はアメリカなのか

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今回の特徴は、ふと誰かの口から漏れた言葉の断片に含まれている「謎」。それを上手に絡まった毛糸をほぐすように中野のお父さんが解決してくれる。しかも、「謎」の言葉を発した当人が意図した以上に、さらに奥深くまで推理をめぐらせる手際のよさが魅力だろう。毎回、必ず書庫から取り出してくる古書の数々も堪らない。

9編の中、どうしても文藝がらみの話が面白かった。ベスト1位は「水源地はどこか」、2位が「火鉢は跳び越えられたのか」。次の3位が迷う。作家の題材だったし、「菊池寛はアメリカなのか」になるのかな。

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「水源地はどこか」は、松本清張について。小倉時代のことが、絡む。どうしたって『ある小倉日記伝』を思い浮かべるだろう。謦咳に接したことのあった荒正人のちょっと面白い人柄が、目に浮かんだ。

話のポイントとして登場する雑誌『宝石』昭和三十二年八月号というのが出てくる。江戸川乱歩がこの雑誌の立て直しにとりかかったのが、この八月号だという。小林信彦が出入りし始める2年前のことだ。

主人公の娘さんが中野の実家に帰ると、用意された「たけのこご飯」がおいしそうだった。幸福な夕食。ここはどうしてもテーブルではないだろう。

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「火鉢は跳び越えられたのか」は、里見弴が書いた二編の話について。里見弴は師尾崎紅葉をめぐっての泉鏡花と徳田秋声のエピソードを25年後と、そのまたさらに27年後に書いたのだという。そこに思い違いも出てくる。話を盛り上げたことも。逸話の山また山。作家という面白さ。正宗白鳥の逸話も、いかにも正宗白鳥らしい登場の仕方で取り入れられている。

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「菊池寛はアメリカなのか」は、タイトルのとおり菊池寛にまつわる話。テニスのマッケンローとボルグが出てきたのには驚いた。欲を言えば、もっと菊池寛がらみの古書が具体的に紹介されるとよかったのだが。

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今回は、古典にまつわる話よりも、近代の作家についての逸話が多かった。武将ものの話題が疎いので、そこのところが出てくると、なぜかこちらが恐縮してしまう。不勉強で申し訳ありません。

主人公は手塚さんとの仲が発展しそうなところで終わった。当然のことながら、この先が読者にとっては気になるところ。まさか自作が読めるのは、『円紫さん』シリーズのように15年もの先、なんてことのないように願うばかり。

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