[NO.1456] 森には森の風が吹く

morinihamorinokazega.jpg

森には森の風が吹く
森博嗣
講談社
2018年11月13日 第1刷発行
271頁

2003年から15年間に書いた短い文章を集めたもの。目次を見れば一目瞭然。出版社サイト内、「試し読みする」から目次と前書きが読めた。リンクこちら。  森博嗣ファン向け。

※  ※  ※  ※  ※

【構成】
全5章からなる。
1)自作小説のあとがき
2)書評や本に関するエッセイ
3)作品解説から
4)趣味に関するエッセイ
5)考えかた、スタンスに関するエッセイ
(著者は表記について、確固たる基準があり、エッセイの「イ」は半角

(5)の中、ぼんやり思考、苦手な若者というタイトルに見覚えがあった。昨年読んだ新書にあったような。本書に寄れば、初出「朝日新聞」2006年9月7日夕刊だったが。

読んで面白かったのは、(2)の中、印税を受け取らない理由谷崎潤一郎はよく読んだ方だった。

前者、 印税を受け取らない理由 は、著者が以前、出版した絵本について。出版社は本当に困ったことだろうに、印税を受け取らないどころか、自腹を切って、つまり自分のお金を費やして、宣伝をして欲しいと希望したのだという。

その理由も著者らしい。もともと森博嗣という小説家は、お金を得るために仕事として文章を綴っているのであり、もともと小説家にあこがれていたわけではない、と言い続けてきた。本を出版するのは、あくまでも収入を得るためであるとも。そんな著者が、はじめて自分から大勢の人に読んで欲しいと願ったのが、この絵本だった。だから、自分のお金を使ってでも、大勢に読んで欲しいのだとのこと。

印税を受け取らない理由 という文章そのものが、ネットで読める。リンクこちら

それにしても、飛び抜けて斬新だ。

後者、谷崎潤一郎はよく読んだ方 について。
これもまたユニークな内容。

この文章でも書き出しで、著者は一般的な小説愛好家ではないと断言している。そんな森さんがこれまで読んだ小説家が、谷崎と筒井康隆であるという。その理由として挙げていることに、ともに短篇小説から入ったからだろうとも。

で、谷崎について。その理由を列挙していた。
・初期の作品には西洋的な香りがあった。
・翻訳ものの短編集を好んだ自分さんに合っていた。
・「形としての美」を描く文章が明晰で良かった。
・日本人らしくない感覚だとも思えた。

そして、次の文が目をひいた。
谷崎がそういったものを書いたのは、きっとそうさせる時代だったからだろう。

ここで森さんがいう、「初期の作品(それも短篇)」が何を指しているのか、具体的な記述はない。ただし、「谷崎はすべて文庫で読んだ」という記述があるので推測はできそうだ。デビューが明治末なので、大正から昭和初期、少なくとも戦前のものだろう。『細雪』以前。まして文庫本だとすると、例の赤い表紙でシリーズになっている新潮文庫、『刺青・秘密 』あたりか。中編も含めると『痴人の愛』『春琴抄』、もしかすると『蓼喰ふ虫』『猫と庄造と二人のおんな』も入るかな。

なによりも、森さんがいうところの、谷崎がそういったものを書いたのは、きっとそうさせる時代だったからだろう。という、その時代だったからだろう という時代とは? 文学を西洋から受容していた時代、翻訳ものに新しさが輝いていた時代といったところだろうか。ちなみに、翻訳ものに新しさが輝いていた時代でなくなったのは、いつのことやら。今世紀に入ったころか。小説をあまり読まない森博嗣さんが、このような分析をした手がかりになったものとは何だったのだろう。気になった。

筆者はまた、次のようにいう。

p110
僕は映像思考をする人間なので、人の内面の描写とか文体ではなく、あくまでも可視化された美、すなわち形の美に馴染みを覚える。さらに、それを捉える職人的な精度の高さにおいて、谷崎は際だっているとも感じた。これは、もう一人の筒井康隆も同様である。見えるもの、形のあるものを描写する鋭さで、共通している。
言葉の美しさよりも、言葉が示す先にある美しさを、僕は見る。言葉とは、そういう役目のものだと理解している。

筆者はこれまでにも、同様の趣旨を何度も書いている。読者の脳内にイメージ化するために、自分は小説を書いている。つまるところ、そのためのツールが自分にとっての小説であると。

本文章では、後半、またまた面白い指摘をしている。

p111
ところで、谷崎作品で特に好きなのは、小説ではなくエッセィだ。小説はすべてを読み尽くそうとは思わなかったけれど、エッセィは文庫で読めるものはほとんど読んだ。中略 僕が一番好きなのは戦争中に書かれた日記だ。何をいくらで買ったとか、汽車の切符をどうやって手に入れたとか、そういった事細かな記述から、彼の几帳面さを知ることができる。以下略

さあ、それではその日記とは、どの文庫で読んだのか。

  

「本」関連ばかりを取り上げたので、もう一つ、興味深いジャンルを挙げると、「もの作り」について。


第4章 森好み 趣味に関するエッセィ

「レトロのスピリット」

新製品が好きな新しいもの好きと同時に、古いものへの愛着について。これまでにも数多く書かれていた内容が列挙してある。大学の教官時代の粗大ゴミ置き場の魅力、手元に置いていある古い製品の数々、年代ものの愛車。

で、「レトロ」と呼ばれるそうした古い製品をなぜ愛好する心理が沸き起こるのかを考察している。その理由は、「今、残っているレトロなデザインが、そもそもは最先端だった、ということ。」であると結論付けている。なるほど。

クラシックカー、昔の電化製品、すべてそれが作られた当時には「最新型」だった。その当時に、未来へ向けた「志の高さ」が今でも感じられるから、そこに魅力を覚える。逆にいえば、過去のデザインを形だけ真似ても、面白くはない。「志が低い」のだそうだ。

「森博嗣のスチーム・トラム製作記」と「憧れのスチームエンジン」もいい。ともに『大人の科学マガジン Vol.07』2005年3月25日発行(学習研究社)掲載。
『大人の科学マガジン』では、「スターリングエンジン」を買ったことがあった。スチームエンジンは、もっと値段が高かったので遠慮したような。思い出しだ。教材の見本で、スチームエンジンを知人からもらったままだったのを、どこかに仕舞い込んでいた記憶が。真鍮製だった。あれはどうしたろうか。