古本蟲がゆく/神保町からチャリング・クロス街まで 池谷伊佐夫 文藝春秋 2008年8月30日 第1刷発行 |
読み応え有り。これまでにも著者による『書物の達人』や『東京古書店グラフティ』『三都古書店グラフィティ』を愛読した身にとって、本書は押さえないわけにいかない一冊だった。
もともとイラストレーターということもあり、全国有名どころの古本屋店内を描いた細密画は魅力的。ご自分では文学関連は門外漢であるなどと謙遜しているところが奥ゆかしい。いやいや古書には相当な入れ込みようで、その辺の古本好きなどは足下にも及ばない。さらに表紙写真にも写っていた珍しい昆虫標本2体が池谷氏ご自身のコレクションからの出品だったという紹介には参るしかない。
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前述の銀座の店は、会社員の読書に供する本が多く、回転も早かった。
昭和四十八年、この店で『シャーロック・ホームズの紫烟』(長沼弘毅)を三千五百円で見つけだした。初任給四万五千円のときである。どうしようか悩んでいるうちに、翌日には売れてしまった。他に買う人はいないだろうと高をくくっていたのだが、そこは商売、ちゃんと売れると見込んでいたのだ。後に同書は入手できたが、今買っても三千円くらいだろう。古書の値段は安くなっている。
いきなり『シャーロック・ホームズの紫烟』という書名が目に飛び込んできたので、驚いてしまった。この本には強い思い出がある。まだ中学生のときだった。入り浸っていた古びた書店の書棚に偶然見つけて購入した。古本屋ではない。新刊の書店だった。それまで何年も売れ残っていたとみえ、用紙が古くなっていたし、値段も当時としては安かった。文庫版のホームズをひととおり読み終えた中学生にとってはシャーロッキアンなる人種が存在することに強く興味をひかれた。著者は役人らしい。当時、すでに文学者による軟らかめのエッセイを読むことも覚えつつあったが、この長沼氏はいかにも真面目な堅物の大人らしい。そんな肩書きと遊びに富んだ本の内容との大いなるギャップに衝撃を受けたのだった。世の中には、自分の知らないこんな面白い世界・趣味というものがあるということにびっくりしてしまった。それが昭和46年ころのことだった。その後、長沼弘毅氏のホームズものは何冊か出る度に買ったが、今はすべて手元に残っていない。いつぞや、都内の古本屋で見かけたが、あらためて買うことはなかった。
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